表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第6話~辛毗佐治について
93/196

辛毗~悔恨の館にて(1)

 辛毗はこれまで招かれた人物の中で、もっとも賢く、理性的です。

 公孫瓚や袁譚のように感情に振り回されたり、劉備のように直感で突っ走ったりしません。きちんと目の前の現象を見て、冷静に判断することができます。

 屋敷は、思った以上に広かった。

 門が霧で見えなくなるところまで来ても、建物の全貌は見えない。


 それに、庭の木々もどことなくおかしい。

 河北では育たないような、南の植物がきれいに植えられている。

 冀州ではあり得ない庭だ。


(おかしいな、審配は北方の出身で、ずっと河北にいたはず)


 さすがに辛毗も、これには違和感を覚えた。


(もしや、ここは誰か別人の館?

 怪異の主は、審配ではない?)


 これまで、辛毗はこの怪異を審配のせいだと確信してきた。


  自分と許攸だけを、仇として呼び込んだ。

  犬の怪物は、審配の暴走した忠誠心の象徴。

  召使いのような怪物は、盲目的に従うことの証。


  だと、思っていたのだが……。


 どうもこの屋敷は、審配との関連性があまり見当たらない。

 いや、見ようとすれば見つかりそうだが、この違和感を無視するのは危険なように思われた。


(そうだ、この怪異が審配のせいであるという決定的な証拠はまだない。

 ここは、慎重に調べるべきであろう)


 辛毗は許攸にかき乱された気を鎮めて、屋敷の中に足を踏み入れた。



 屋敷の中は薄暗く、静かだった。

 無人にも関わらず、廊下や床はきれいに掃き清められている。

 広いだけではなく、手入れも行き届いている感じだった。


 柱や梁に使われた木材の質を見ると、この屋敷がとてつもない資産家の屋敷だと分かる。

 しかし、金があるからといって悪趣味に飾り立てるのではなく、屋敷全体の調和をとって上品に仕上げた屋敷だ。


  辛毗は、こんな雰囲気を知っていた。


 こんな品の良い生活空間は、かつて冀州城の奥にあった。

 その記憶とともに浮かんできた面影に、辛毗は奥歯を噛みしめた。


「殿……」


 とてつもない富みと名声を手にしていながら、悪趣味にならず上品だったかつての君主、袁紹のことを思い出した。

 その洗練された空間で、袁紹は柔和な笑みを浮かべていた。


 今は見る影もなく破壊された、かつての袁家の生活空間。

 審配はそれを必死で守ろうとし、辛毗はそれを壊すのに手を貸した。


(ああ、私は裏切り者だ……!)


 辛毗は、胸を締め付けられるような自責を覚えた。


  審配と直接関係のある場所ではない。

  しかし、ここは審配が命をかけて守ろうとしたあの場所に似ている。

  その雰囲気が、辛毗の心を締め付ける。


(この怪異の主は、私に何を言いたいのだろう……?)


 辛毗は、ふとそう思った。


 さっきから、辛毗に与えられる情報は断片ばかりだ。

 それも、一貫性があるようで決定的な証がない。

 怪異の主は、辛毗を試しているのか。


  それとも、決定的な何かを伝えられない事情があるのか……。


 辛毗は困惑しながらも、屋敷の中で歩を進めた。



 屋敷の中には、外ほどではないが怪物がいた。


 召使いの怪物を見たときは、屋敷の雰囲気とあまりに合っていたためうっかり声をかけそうになったが、どうにか先手をとって打倒した。

 そして、その召使いが持っていた鉈をありがたく頂戴した。

 屋敷の中は鞭を振り回すにはせまく、鉈の方が小回りが利く。


  鉈を手にしていると、何だか自分が処刑人になったような嫌な感じがしてくる。


(これでもう一度審配を殺すことになったら、嫌だなぁ……)


 そう思うと気が重くなったが、ともかく辛毗は足を進めた。


 止まっていても、何も解決しない。

 今はただ、怪異の見せる断片をできるだけ拾い集めるのだ。

 内容は気にせず拾い集めて、たくさん集まってから判断すればいい。


  審配とつながるものも、つながりそうにないものも、全部……。


 また目の前に、新たな断片が現れた。

 目と口を縫い付けられた、ミミズのような怪物だ。

 用心しながら観察していると、そいつは何やら赤黒い粘液を吐いた。


「うぐっ!?」


 数秒後、辛毗はたまらず鼻を覆った。

 とてつもなく、臭い。

 胸がむかむかする糞尿の臭いだ。


  これは、審配とはつながりそうにない。

  あの男は、むしろ潔癖気味だったはずだ。


 辛毗は逃げながら思った。

 最初はこの怪異は審配のせいだと思っていたが、よく観察してみると審配とつながらないパーツの方が多いかもしれない。

 自分をこんな目に遭わせているのは、審配ではない可能性が高いのではないか……。


 そう考えると、かえって寒気がした。


(じゃあ、私に祟っているのは、誰?)


 事は、思った以上に深刻だ。


 だが、真実を明らかにするためには調べ続けるしかない。

 辛毗は萎えそうになる心を奮い立たせて、屋敷の奥へと足を進めた。

 辛毗の方の受信能力は申し分ないのですが、今回は袁紹の方がうまく辛毗に会えません。許攸の妨害を食らって、途中で半身が倒れてしまったせいです。


 また、辛毗にも真実を受け入れるのに不都合な事情が存在します。

 それは生前に袁紹が守りたかったものを守り抜いた結果なのですが……次回、辛毗は袁家の過去のパーツをどう解釈するのでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ