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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第6話~辛毗佐治について
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辛毗~憧憬の通りにて(2)

 辛毗は許攸に突き飛ばされ、怪物の前に転がされてしまいます。

 辛毗は劉琦ほど弱くありませんが、やはり戦闘能力ではこれまで招かれた人物よりだいぶ劣ります。

 そんな辛毗は、どのようにこの危機を切り抜けていくのでしょうか。

 無表情な人影が、辛毗の頭上にすうっと腕を振り上げた。

 手には、鈍く光る包丁が握られている。


「わあっ!?」


 それが振り下ろされる瞬間、辛毗は固まった体を無理やり転がして難を逃れた。

 引きずられる辛毗の袖をかすめて、包丁が地面に突き刺さる。


  振り下ろした腕と一緒に、顔が下がってくる。


 その顔を間近で見て、辛毗の喉から悲鳴が漏れた。


「ひいいっ!!」


 その顔には、板が張り付けられていた。

 いや、打ち付けられていると言った方が正しい。


  顔をすっかり覆う分厚い板は、馬鹿みたいに長い釘で無造作に打ち付けられていた。


 つまり、そいつは頭を釘で貫かれているのである。

 それでもこうして動いているということは、確実に生きた人間ではない。

 格好は人間の召使いのようにも見えるが、言葉もなく表情もないそれは人間とすら認め難かった。


 辛毗はすぐにもう一回転してそいつから距離をとった。

 そしてどうにか起き上がったところで、許攸の姿がないことに気づいた。


(おのれ、自分だけ逃げたか……!)


 辛毗は慌てて辺りを見回したが、許攸の姿は見当たらない。

 しかし、逃げたような足音も聞いていないはずだ。

 あるいは、近くに潜んで様子を見ているのか……。


  当たったのは、後者の読みだった。


「ひゃああああー!!!」


 どこかおどけた、面白がるような叫び声が霧の中に響いた。

 詳しい場所は分からなかったが、近くだ。


 しかし、許攸を探す暇はなかった。

 人のようで人でない化け物が、再び辛毗に包丁を振り下ろす。


「くっ!?」


 辛毗はしゃがんだままそれをかわし、霧の中に目をこらす。


  そして、さらなる危機に気づいた。


 他にも数体、同じような人影が近づいてくる。

 さっきの許攸の悲鳴が引き寄せたのだろうか。

 それらは道一杯に広がって、それぞれ武器を手に寄ってきていた。


(い、いかん、これでは逃げられぬ!)


 そう考えている間にも、さっきから襲ってきている奴がまた包丁を繰り出してくる。


「ええい、邪魔だ!」


 辛毗は鞭をうまく使ってその腕を捕らえると、力任せに引き倒した。

 文官とはいえ、体重をかけて引っ張れば女くらいの体格のそいつを転ばせるくらいは可能だ。

 辛毗は転がったそいつの腕に鞭を巻きつけたまま、肩を踏みつけて引き折った。


  ボキンと鈍い音がして、包丁を持った手がだらりと弛緩する。

  これでこいつの攻撃はもう、致命傷にはならない。


 しかし、あまり悠長なこともしていられなかった。

 集まってきた仲間の怪物たちが、辛毗を包囲するように寄ってきた。

 当たり前だ、今視界の中で動いているのは辛毗だけなのだから。


  怪物たちが、辛毗を囲むように歩み寄る。

  道の端に、人が通れるくらいの隙間が生じる。


 にわかに、怪物とは違うせわしない足音が響いた。

 はっと振り向くと、怪物たちの横をすり抜けていく許攸の姿がちらりと見えた。


(しまった!)


 許攸は、近くに潜んでこの時を待っていたのだ。

 怪物たちが辛毗に向かい、道を開けるこの瞬間を。


 許攸は一言もしゃべらずに、一目散に道の先へと駆けていく。

 まるでそこに何があるのか、分かっているように。

 逃げるだけなら来た道を戻るという選択肢もあるのに、許攸は迷いなく先に進んだ。


  やはり、許攸は何かを知っているのだ!


 辛毗の頭に、血が上った。


(やはり、人を利用することしか知らぬか貴様は!!)


 辛毗は、自分が許攸に劣ると考えたことはなかった。

 手柄の面で劣等感はあっても、許攸より死んでいい人間だとは思わなかった。


(私は、生きるぞ!

 審配にも許攸にも、負けてなるものか!!)


 辛毗の体に、力が湧き上がってきた。

 しかし、さすがに文官の身でこれだけの数をまともに相手にはできない。


  いや、まともに相手にする必要がそもそもない。


 この怪物は犬の怪物と比べて動きが鈍いようだし、走り抜ければ見えないところまで逃げられそうだ。

 現に許攸はそうしたではないか。


 思考をまとめるや否や、辛毗は自分の後方に回ろうとしていた一体に狙いを定めた。

 狙うのは、足。

 敵がのろのろと武器を上げる間に、足に組み付いて鞭をひっかけ、そのまま引っ張る。


「せいやぁ!」


 怪物が転んで動きを止めた隙に、辛毗は脱兎のごとく逃げ出した。

 許攸と同じように、集まった怪物たちの脇をすり抜けて走る。


 武人から見ればとても褒められた戦い方ではないが、今はこれで十分だ。

 辛毗は、自分にできることとできないことをちゃんと自覚していた。

 自分にできる範囲で、最良の道を探せばいい。


(さて、許攸はどこに行ったものか……)


 後は息が切れないように歩調を調節しつつ、許攸を追うだけだ。

 霧に包まれた一本道を、辛毗は一人走り抜けた。



 道の突き当りにあったのは、一軒の屋敷だった。

 塀がどこまで続いているかは霧のせいで分からないが、相当に広そうな屋敷だ。

 門も大きく立派で、そのうえ開いていた。


  辛毗は、見知らぬ屋敷を前に思案した。


(許攸はおそらく、ここに入っただろう。

 ここに着くまでに、他に道はなかったはず)


 門が閉まっていないのが気にかかるが、他に行けそうなところはなかったはずだ。

 途中で潜んでいるのに気付かず追い抜いた可能性もあるが、どちらにしろ行けるところはここしかないのだ。


 気にかかることは他にもある。

 自分は冀州で何度か審配や彼の一族の館に行ったことがあるが、こんな屋敷はなかったはずだ。

 もっとも、辛毗が知っている以外にも審配に縁のある建物はあるだろうが。


「ここは、腹をくくるしかないか……」


 いろいろ納得できないことはあるが、辛毗は屋敷の門をくぐった。

 中に入って数歩もいかないうちに、背後で勢いよく門が閉まる。


  辛毗は内心驚いた。

  しかし、あえて振り向こうとは思わなかった。


 ここに閉じ込められたといっても、他に出口はなかったのだ。

 ならば、後はここで怪異の主と対決するだけだ。


 固い決意を胸に、辛毗は悪夢の深部に向かって歩き出した。

 さて、辛毗が館にたどり着きました。

 辛毗は見たこともない館を前に、自分の考えに違和感を覚えます。

 この中には袁紹の悪夢のかけらがたくさんありますが、辛毗はそれらを正しく読み取れるでしょうか。


 そして、辛毗を置いていった許攸も、間違いなくこの館にいるのです。

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