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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第6話~辛毗佐治について
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辛毗~憧憬の通りにて(1)

 辛毗と許攸は見慣れぬ通りを進みます。


 以前別の章でも、招かれた人物が見慣れない通りに迷い込んだり導かれたりすることがありましたが、ここはどこにつながる通りなのでしょうか。

 その田舎道も、相変わらず無人だった。

 違う場所に出るなら少しは状況が変わるかと思ったが、甘かったようだ。


 辛毗と許攸は身を寄せ合い、霧の中を進んだ。


「本当に誰もおらぬようだな」


 辛毗が声をかけると、許攸は意地悪く答えた。


「さあな、こんな霧では離れたところに人がいても分かるまい。

 案外我々と同じように静かに動いている奴がいて、お互い気づいていないだけかもしれんぞ?」


 それを聞いて、辛毗は無言で肩を落とした。


 確かに、さっき自分は少年の声を聞いたし、こうして許攸とも合流した。

 それを考えると、他にも人がいる可能性はある。

 しかし、許攸にこういう言い方をされるとどうにも嫌な予感がするのは気のせいだろうか。


  許攸はいつも、自分の欲を叶えるために事実を口にする。

  相手を自分の思い通りに動かすために、過去の例を突き付ける。


 自分から聞いておきながら、辛毗は気が重くなった。

 許攸のこういう態度は、それが死の原因になっても変わっていない。



「殿が河北を手に入れたのは、私のおかげなのだよ!」


 許攸は常々そう言いふらしていた。


 官渡で曹操に情報を売り渡し、曹操を勝たせたことをいつも自慢していた。

 曹操が河北で袁家の勢力を打ち破るたびに、それを蒸し返しては褒美を求めた。

 確か、鄴城を落として審配を処刑したあの時も、許攸はこう言っていたはずだ。


「私の力がなければ、あんたはこの城の門をくぐることなどできやしなかった!」


 長い戦いの末ようやく鄴城の門をくぐった曹操に、許攸はこう言った。

 そして、曹操と旧臣たちの怒りを買い、首をはねられた。


  まさに、自業自得。


 確かに、許攸は間違ったことを言っていない。

 許攸の情報がなければ曹操は官渡で負けていただろうし、曹操自身もそれに感謝はしていた。

 だが、許攸は欲が深すぎた。


  許攸はその手柄をまるで、曹操の弱みにように利用した。


 許攸は事あるごとに、曹操にそれをささやいては金品を求めた。

 そのうえ、曹操と旧知の仲であるからと傲慢な態度をとり続けた。

 その結果、許攸はその命を落とした。


 あの時から、いや袁紹軍にいた時から許攸はそんな感じだ。

 だから、辛毗は許攸がニヤニヤ笑いながら事実を口にするのが不安で仕方なかった。



 しばらく、二人は無言で歩いた。


 田舎の建物に囲まれた道は、それ自体がさっきより狭く感じる。

 事実道が狭まったのか、両側にある建物が霧を通してでも見えるようになったため、辛毗は前をじっと見ていられるようになった。


 前方の霧の中に、かすかにゆらめく影が見えた。


「あれは……!」


 辛毗は目をこらしたが、その影はすぐに霧の中に消えた。


  その影は、人の背丈くらいだった。


(人が、いる……?)


 辛毗はすぐにそう思った。

 しかし、すぐに声をかけようとは思わなかった。


  罠かもしれない……そんな考えが辛毗の頭をかすめた。

  だって、審配は鄴城を守っていた時も、一度曹操軍を罠にはめて破ったじゃないか。


 辛毗が決めかねて迷っていると、許攸が後ろから言った。


「どうした、人がいるかもしれぬのだろ?

 だったら、まずは確かめてみないとなあ。

 おまえは、ここから出たいのだろ?」


 まるで、出たいならおまえが率先して調べろとでも言いたげな物言いだ。

 だが、事実だ。


  嫌な流れだ。

  このままでは、許攸の思うままに動かされてしまいそうな……。


 それでも、事実だ。

 何かしら調べて手がかりを見つけなければ、ここから出られない。

 そして出られなかった時の被害は、死んでしまった許攸より生きている辛毗の方が大きい。


「分かった、とにかく、声をかけてみよう」


 辛毗はもしもの場合に備えて鉄の鞭を握りしめ、霧の中に声を響かせた。


「おおーい、人がいるなら返事をせよ!」


 辛毗のよく通る声が、真っ白な世界に吸い込まれていく。

 返事は、なかった。


 しかし、ほどなくして前方に先ほどの影が映った。


  ちょうど、人の背丈ほどの影……犬の怪物ではなさそうだ。

  ゆらゆらと揺れながら、二人に近づいてくる。


 だが、辛毗は気を緩めなかった。

 人ならば、さっきの言葉が理解できていれば、声でなくとも何かしら返事をするはずだ。

 手を上げるとか、袖を振って見せるとか……そういった反応が、あの影には全くない。


「おや、こちらに気づいたようだな。

 ささ、行って話してくるがいい」


 許攸はこう言うが、辛毗は用心したまま動かなかった。

 いつでも鞭を繰り出せるよう、少し腰を落として構える。


  視界を遮る霧が薄くなり、相手の姿が見えてくる。

  確かに、姿かたちは人間のようだ。


 許攸が早く行けとせかすが、辛毗は相手がはっきり見えるまで不安で仕方なかった。

 そんなに話したいなら許攸が先に行けばいいのに、許攸自身は全く前に出ようとしないのも嫌な感じだった。


 そうしている間に、人影はすぐそこまで近づいてきた。

 しかし、相変わらず手も振らないし声も出さない。

 もうちょっと近づいて顔がはっきり見えれば……そう思った矢先、突然体がバランスを崩した。


「たあっ!!」


 許攸が甲高いかけ声とともに、辛毗を突き飛ばしたのだ。

 前にしか備えていなかった辛毗はいとも簡単によろめき、前のめりに倒れた。


「うぐっ!?」


 無様に転がる辛毗のすぐ側に、不気味な人影が歩み寄る。

 霧がたなびき、その顔にかかったベールをはいでいく。


 それを見た瞬間、辛毗の体に戦慄が走った。

 不幸にして、嫌な予感は当たっていた。

 辛毗は許攸の欲深さと汚さを知っていたのでそう簡単に心を許しはしませんでしたが、結局不意打ちをくらってしまいました。


 許攸はなぜこんなことをするのでしょうか。

 辛毗がそれを知るのは、もっと深い悪夢の中です。

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