公孫瓚~憎悪の館にて(4)
袁紹と公孫瓚は初めから敵だった訳ではなく、董卓討伐では一緒に戦った仲でした。しかしもはや乱世は治まらず、それぞれが独立して天下を目指すことになったために、領土を巡って争うようになったのです。
その争いのスタート時点で、袁紹は名門の当主として人望があり、すでに優秀な人材を多く集めていました。対する公孫瓚はそれほど家柄もなく武力でのし上がってきたため、人材も集まらず政治もうまくできません。その辺りで公孫瓚が袁紹に抱いていた劣等感を感じながら読んでいただけたら幸いです。
「はあ……はあ……」
薄暗い部屋に、公孫瓚の吐息だけが聞こえる。
いつの間にか、床にはびこっていた血の汚れは消えていた。
ちょっと目を離したすきに、女の怪物も消えていた。
部屋の窓から差し込む光は、黄ばみが抜けて白っぽくなっていた。
公孫瓚は放心したように、周りを見回した。
「これは……戻ってこられたのか?」
事態を確認するように、公孫瓚はつぶやいた。
さっきまでの禍々しい空気はもう感じない。
現世かどうかはまだ不明だが、少なくとも現世に近付いてはいる気がした。
「ふう、全くえらい目に遭ったわい」
今更ながらそうつぶやいた時、公孫瓚の耳がかすかな物音を捉えた。
背後から、そっと撫でるような視線が這い上がった。
公孫瓚は恐る恐る、後ろを振り返った。
そこに佇む一人の男、その名は……。
「袁紹……!!」
よもや見間違えたりするものか。
あの根暗なくせに、どこか人を蔑むような目つき。
下々の者との付き合いを面倒くさがるような、けだるい眼差し。
忘れるものか!!
袁紹は、まだ迷いを振り切れぬまま、公孫瓚と向き合っていた。
思えばこの男とも長い付き合いだったが、こうして間近で顔を合わせたのはいつ以来だろう。
「公孫瓚、私は……」
袁紹は不安と期待半々で、声をかけた。
全部を分かってもらえる訳がない、だが、少しでも救いが得られれば……。
公孫瓚は怒りを浮かべた顔で、慎重に歩み寄ってくる。
「君をこのような所に招いたのは、謝ろう。
しかし、私にはどうしても誰かの力が必要……」
ぐさっ
できるだけ感情を荒立てぬよう訴えていた袁紹の声は、とぎれて嗚咽に変わった。
目を閉じて次の言葉を考えていたスキに、公孫瓚が走りこんで胸に剣を突き立てていた。
「ぐっふっ……!!」
あっけに取られたまま咳き込む袁紹に、公孫瓚は義憤に駆られて怒鳴りつけた。
「貴様、自分の妻をあんなにしておいてよくも涼しい顔でいられるな。
地獄に落ちて、己が苦しめた者どもに泣いて謝ってこい!」
(妻だと、何を言って……あれは私の……。
そうか、そのようにとったのか)
痛みに縛られて動けぬまま、袁紹は公孫瓚が責め立てるのを聞いていた。
「袁紹、貴様に人の痛みが分からぬことは以前から分かっておった。
貴様は名門袁家の嫡男、権力に虐げられる者の気持ちなど、知ろうともしなかったのだろう!
そして名門の威光をかさに着て、とどまる事を知らぬ野望と欲望の果てに妖術にまで手を出したのだ!」
袁紹は痛みに顔を歪めたまま、黙って公孫瓚の言うことを聞いていた。
「そしておまえは醜くなった妻を捨て、他の女に溺れた!
妻をここに閉じ込め、下賤な人間は生きる価値がないとばかりに餌としてここに連れ込んだのだ!
わしはおまえを断じて許さん、天に代わって貴様の傲慢に罰を下してやろう!!」
袁紹は、血反吐と一緒にため息をついた。
こいつは、私を救えない。
知ろうとする気もない。
ならば、さっさと地獄に落とすとしよう……。
袁紹の顔に、暗い笑みが浮かんだ。
憎い相手が目の前にいて、しかも異常事態のど真ん中では冷静さを失うのは無理もありません。しかし、そんな時こそ冷静さを保たないと事態は好転しないもの。
サイレントヒル3で、教会でヘザーがクローディアを撃ってしまうとどういう結末になったでしょうか。ご存じの方も知らない方も、次で公孫瓚編は最終話ですので、愚かな宿敵の結末をその目でお確かめください。