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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第6話~辛毗佐治について
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辛毗~霧の許昌にて(3)

 辛毗は自分を襲った怪異を、かつて自分が死に追いやった審配のせいだと思ってしまいました。

 審配もまたマイナーな人物ですので、紹介を置いていきます。


審配シンパイ正南セイナン 生年?年 没年204年

 袁紹配下の文官で、後継者問題では三男の袁尚を支持していた。袁紹の遺言を偽造して袁尚に後を継がせるが、それが内紛の元となり袁家は滅亡に向かう。鄴城を曹操に攻め落とされた際、捕らえられるが降伏せず辛毗の懇願で処刑された。忠臣といわれる反面、強情で一人よがりである。

 だが、いくらこの怪異が審配の仕返しだったとしても、それに屈する気はさらさらなかった。

 自分だって、一族を殺されたから審配に仕返ししたのだ。

 せっかく審配を葬り去って曹操のもとで新しい道を歩み始めたのに、こんなところで殺されてたまるか。


  袁家を裏切ってまで、生にしがみついた意味がない。


 辛毗はその鞭を握りしめて、霧の中に踏み出した。


(私は抗う。たとえ裏切り者でも、生きてみせる!

 袁家の内紛に散った兄と一族のために!!)


 辛毗は、注意深く街の中を歩き回った。

 そして、犬の怪物を見つけるたびに鉄の鞭を振るった。


  そのたびに、あの日の記憶が辛毗を苛む。


 群れでいる犬は一匹ずつ引き離して、始末した。

 数が多いとそれだけで相手にしたくなくなるが、一体一体は案外もろいものだ。

 仲間から引き離して一匹にしてしまえば、自分のような非力な者でも打ち据えるのは難しくなくなる。


  まるで、その強情さゆえに孤立してしまった審配のように。


 それでも、どうすればこの怪異が終わるのかは分からなかった。

 霧はどこまでも深く、自分がどこを歩いているのかすら分からなくなってくる。


 果てしない霧に辛毗の心が折れかけた時その声は辛毗に届いた。


「助けてぇー!!」


 霧に塗りつぶされた視界の向こうから、聞こえてきた人の声。

 かん高い、少年の声だった。


(人がいる!?)


 辛毗は、一瞬戸惑った。


  人が襲われている。

  ということは、助けに行けばそこに怪物がいる。


 辛毗は一瞬、その声に背を向けて逃げ出しそうになった。


  だって、殺された一族のためにも、自分は生きなければ。


 そうしてまごついている間にも、また少年の悲鳴が上がる。


「痛ああい!!」


 辛毗は慌てた。


 助ける義理などない。

 しかし、その声はこの怪異が始まってから初めて聞いた人の声なのだ。


  この霧に巻かれてから、初めて会うはずの他人なのだ。


 自分以外にも巻き込まれた者がいるなら、力を合わせた方が脱出の確率が上がるかもしれない。


(これは、助けるべきか……!)


 辛毗は勇気を振り絞って、声のする方に走り出した。

 この怪異を終わらせる手がかりがあるなら、逃す訳にはいかない。


  犬の吠える声が聞こえ、何かがもみ合う物音が聞こえる。


 どうか死なないでくれと祈りながら、辛毗は霧のカーテンをくぐって走った。



 もうすぐ声が聞こえた辺りだろうか。

 その声は、鋭い悲鳴を最後に途絶えた。


 辛毗の足が鈍る。


(まさか、やられてしまったのか?

 ああ、私の判断の鈍さで何ということを……!)


 辛毗は手に冷や汗を握りながら、それでも一筋の希望にすがって足を速めた。

 と、霧の向こうからコツコツと足音が響いてくる。


(おお、もしや少年はうまく逃げて……)


 思わずほおを緩めた辛毗の前に、ゆらりと人影が映る。


  その影は、辛毗とよく似た背格好だった。

  礼服と思しき袖を振りかざし、下半身はスカートの形。

  頭には、冠の形が見てとれた。


 その影が、霧をかき分けるように辛毗の前に姿を現す。

 その顔がはっきり見えたとたん、辛毗は驚愕した。


「き、許攸……殿……!?」


 それは、知った顔だった。

 袁紹軍にいた時から、そして曹操軍に降ってからも見慣れた顔。

 自分と同じ、元袁紹軍の文官だ。


 知らない場で顔見知りに会えば、普通は心が安らぐものだろう。

 しかし、辛毗は逆に戦慄した。


  許攸は、少し前に死んだはずだ。

  自分は許攸の死体を見たし、葬式にも行った。


 固まっている辛毗の手を、許攸が握った。


「何をしている、逃げるぞ!

 死にたくないなら動け!!」


 許攸の手は氷のように冷たく、辛毗の背中に冷たいものが流れた。

 しかし怪物に襲われたい訳がなく、辛毗はとりあえず許攸と共にその場を離れた。


  最初に悲鳴を上げた、少年の安否は分からぬままで。



 流れ出る血が、乾いた道にしみこんでいく。

 彼は、引き裂かれる苦痛に悶えながら宙を見上げていた。


「楽になりたい、楽になっていい、楽になればいい」


 口々にそうささやきながら、怪物たちは少年の体を貪る。


  犬たちはその牙で少年の肌を裂き、肉をえぐる。

  召使いたちは、無表情なまま遠慮なく刃を振り下ろす。


 押し付けられる衝撃と痛みに抵抗することもままならず、少年はされるがままに怪物たちの暴力を受けていた。

 遠のいていく意識の中で、少年は思う。


(ちっ……まさか許攸がいたとは……)


 ついさっき、少年は許攸に突き飛ばされて怪物の前に投げ出されたのだ。

 本来会いに行くはずだった、かつての臣に会う前に。


(幽霊を巻き込んだらしいのは分かっていたが、よもや許攸であったとは……。

 あやつなら、わしがこの姿でも気づいただろう)


 突き飛ばされた瞬間の、許攸の憎たらしい顔を思い出して、少年は怒りに顔を歪めた。


(あやつめ、どうあってもわしを救わせぬ気か……!

 思えば、あやつは昔からそうだった。

 少年であったわしの側にいた頃から、ずっと……)


 すぅっと意識が遠のいていき、それ以上は考えられなかった。

 そうして少年……袁紹は目的の人物に会うことなく、また一時の眠りについた。

 これまでのシナリオならここで袁紹と辛毗が会うはずだったのですが、今回はそれが妨害されてしまいました。

 原因は辛毗と一緒に巻き込んだ幽霊、許攸です。


 この許攸という人物は官渡の戦いで袁紹を裏切り、敗北を決定づけた人物です。

 許攸はなぜこんなに袁紹を憎み、救いを妨害するのでしょうか。

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