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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第6話~辛毗佐治について
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辛毗~回想の鄴城にて

 辛毗をはじめ、元袁紹軍の将たちは皆心に後ろめたいものを抱えています。

 袁紹が魂を割ってしまい、自分が楽になるためにきちんと考えることを放棄した結果がこうなのです。


 今回語られる辛毗の回想は、袁家滅亡の後半に起こった悲劇です。

 辛毗と彼が憎む「あの男」との因縁を、ご覧ください。

 犬が無残な亡骸となって動かなくなると、辛毗はその場にへたり込んだ。

 返り血に染まった手を拭いもせず、虚空を見上げてつぶやく。


「やはり、おまえなのか……審配!」


 もはや、この男の仕業としか考えられなかった。


  拘束された犬の化け物。

  拷問用の鉄の鞭。

  無抵抗な犬を、この手で痛めつけて殺した。


 何もかも、あの日にそっくりだ。

 捕らわれ、縛り上げられた審配を、この手で散らしたあの日に。


(そうとも、私は裏切り者だ!

 そして、袁家にあれほど忠誠を誓っていたおまえを……!!)


 忌まわしいあの日のことが、鮮明に蘇ってくる。

 もはやその記憶を押しこめることもできず、辛毗は座り込んだまま頭を抱えた。



「ふん、いい様だな、審配!」


 あの日、袁尚の本拠地であった鄴城が落城した日、辛毗は審配と向き合っていた。


  辛毗はすでに曹操軍の一員として。

  審配は未だ袁家への忠節を貫く、敗軍の将として。


 審配の体は、縄でがんじがらめに縛られていた。

 縛っていなければ、すぐにでも逃げ出して袁尚のもとに帰ろうとするから。


 曹操軍の多くの将が、好奇の目で審配を見ていた。

 並みの人間なら、それだけで心が折れてしまいそうなほど大勢の敵が。

 しかし、それでも審配は毅然と胸を張っていた。


  それを見て、逆にこちらの心がくじかれたくらいだ。


 そんな審配に、辛毗は鞭を手にして近づく。


「久しいな、審配。

 この人殺し!!」


 目が合うや否や、辛毗は審配に罵声を浴びせた。


「よくも兄上の家族を皆殺しにしてくれたな!

 いくら兄上が袁譚様に仕えていたとて、家族に罪はなかろうが!!

 私は、絶対に貴様を許さぬぞ!!」


 そう、審配は鄴城に残っていた辛評の家族を残らず殺したのだ。

 審配は袁尚を熱烈に支持しており、辛評は袁譚を猛烈にかつぎ上げていた。

 そして袁譚が曹操と結ぶと、審配は報復として鄴に残っていた袁譚支持派の家族を粛清してしまったのだ。


  袁尚を守り袁家への忠節を示す、ただそれだけのために。


 しかし、それで袁尚が有利になったかといえばそうでもなかった。

 袁譚の死後、曹操は袁尚にも刃を向け、審配が守る鄴城に攻め寄せた。

 審配はよく守ったが、曹操の守りが固く袁尚の援軍は届かず、最後は無茶な籠城に疲れた審配の甥が城門を開けてしまい今に至る。


「何が忠誠、何が袁家を守るだ。

 結局おまえがやってきたことは全て、一人よがりの無駄でしかなかったのだよ!」


 辛毗は、兄の一族を無駄に殺されたことが悔しくてならなかった。


「袁尚を後継者と決めたのだって、おまえの一存だろうが!

 袁紹様が後継者をお決めにならなかったのをいいことに、遺言まで偽造して……。

 そんな自分勝手を押し通すために、我が一族は死んだのか!!この人でなし、人殺し、私の一族を返せええぇ!!!」


 脳天を突き上げる怒りに任せて、辛毗は鞭を振るった。

 審配の着物が破れ、肌が裂けて返り血が飛ぶ。


 しかし、それでも審配は毅然と胸を張って辛毗をにらみつけていた。


「後悔など……しない。

 袁紹様は確かに袁譚様より袁尚様を愛していた、だから袁尚様が後を継ぐのがあの方のご意志なのだ。

 私は、間違っていない!!」


 辛毗は怒りに任せて鞭を振るったが、審配の心を折ることはできなかった。

 途中で曹操が審配の強情さに目を留め、降伏して我が軍に来ないかと誘ったが、審配はそれにも聞く耳もたなかった。


「降伏?誰がするものか。

 私は袁家以外に忠誠を捧げるような不埒なまねは断じてしない!

 そこの裏切り者と一緒にするな!!」


 そう言った審配の目は、辛毗の方を向いていた。

 その瞬間、辛毗はどうしようもない敗北感を覚えた。


  自分は、どうやってもこの男に勝てない。

  自分は、裏切り者だ。


 曹操は相変わらず審配にしつこく誘いをかけているが、審配は頑として聞かない。

 曹操がどんなに欲しがっても、この男が袁家以外に使えることはないのだろう。

 ならばどう処理するか……答えは一つだ。


「殿、この男の首をはねてくださいませ」


 卑劣な笑みを浮かべ、目に涙をにじませながら、辛毗は曹操にすがりついた。


「この男は、あなたに仕える気などありません。

 捕らえておいても、気が変わるどころか他の者を惑わしかねません。

 それにこの男は私の一族の仇……どうか私に、一族の無念を晴らさせてくださいませ!」


 あの時の自分の姿を思い出すと、今でも鳥肌が立つ。

 みじめで、醜くて、卑怯な自分。


  対して、審配の最期は潔かった。


 もはや逃げられぬと分かると、審配はこう言い放った。


「元より、死ぬことなど恐れていない。

 私は袁紹様のご期待に応えられなかった、だから死ぬのだ。

 生きて袁家の臣であり、死して袁家の鬼となる!それが私の生き様よ!!」


 審配は鞭を浴びてぼろぼろの体で、それでも自力で立ち上がって自ら刑場に向かった。

 そして、北を向いて正座し、首を差し出した。


「我が主は北におわす!」


 それが、審配の最期の言葉だった。


 辛毗は裏切り者となって一族の無念を晴らした。

 審配は己の信念と袁家への忠誠に殉じて死んだ。

 袁譚と袁尚が後継者の座を巡って争った結果が、この大惨事だ。


  いや、それ以前に袁紹がきちんと後継者を決めてくれていたならば……。


 それ以来、辛毗の心はずっと晴れることのない暗雲にとりこまれてしまった。

 だから審配の怨霊が自分に祟りをなしても仕方がない、辛毗はそう思っていた。

 審配とは、袁紹に仕えていた文官の一人です。

 辛毗は審配に兄の家族を殺されてしまったため、なりふり構わず曹操に審配を殺すよう懇願してしまいました。

 それが、辛毗の負い目なのです。


 二人とも、本来は袁紹に仕えていた仲間だったのですが、袁紹が決断を放棄した結果、彼らは皆内紛の犠牲者となってしまったわけです。

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