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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第6話~辛毗佐治について
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辛毗~霧の許昌にて(1)

 さて、辛毗が悪夢の世界に招かれました。


 今回のシナリオの中核となる袁家内紛の詳細については、三国志ファンでもよほどの袁家マニアでない限り知らないことが多いと思われます。そのため、人物のみならずその人間関係についても適度に説明を入れていきます。

 街の喧騒が、ふいに途絶えた。

 急に自分の声が大きくなったように感じたのは、そのためだ。


「え……?」


 急に訪れた静寂に、辛毗は驚いて顔を上げた。

 見れば、白く不透明な霧が路地に充満している。


  さっきまでは、あれほど明るく晴れていたのに。


「こ、これは何としたことか……」


 辛毗は、不安げに辺りを見回した。


 薄暗い路地には冷たい霧が流れ、さっきまでうるさいほどだった人の声や物音は一切聞こえない。

 太陽はぶ厚い霧に遮られて、所在すら分からない。

 確かに自分は移動していないのに、周りの様子はがらりと変わっている。


(泣いている間に、街に何かあった?

 いや、それにしてもこれほど急に……)


 天候の変化は、時間が経てばあり得る話だ。

 その異常気象のせいで人々が活動をやめたとすれば、説明できなくもない。

 しかし……自分はそんなに長い間泣いていたのだろうか。


  一しきり泣いてから出仕しようと思っていたので、ほんの数分のはずなのだが。


(その数分でこんなに天気が変わった?

 完全にあり得ぬとはいえぬが、考えにくいな)


 辛毗は用心しながら壁伝いに路地から出た。

 しかし、大通りにも霧が渦巻くばかりで、道の向こう側すら見えない始末だ。

 辛毗は目をこらして辺りを見回し、そして大変なことに気づいた。


「人が……おらぬ」


 さっきまであれほど賑わっていたのに、今は人っこ一人いないのだ。

 辛毗の背中に悪寒が走った。


(馬鹿な……ここは都の大通りだぞ?

 たったこれだけの時間で、全ての人が移動したと?

 あり得ぬ!!)


 確かに、天気が悪い日は人通りも少なくはなる。

 しかし、こんな風に誰もいなくなってしまうことはないはずだ。

 そもそもここは大都市で、ここに住んでいる者も多いのだから。


 そこまで考えると、辛毗はにわかに大きく息を吸い、霧の中に大声を響かせた。


「おおーい!

 誰か、聞こえたなら返事をせよ!!」


 辛毗のよく通る声は、不透明な霧の向こうに消えて行った。

 そして、耳を澄まして待っても、返答はこれっぽっちもなかった。


  道の周りには相変わらず家が立ち並んでいるのに。

  出店も中身が空っぽのまま、その場に放り出されているのに。


 家にいるはずの、出店の近くにいるはずの誰かは、その存在をすっかり抹消されているようだった。

 あるのは廃墟のように静かな街並みと、濃厚に渦巻く霧のみ……。


 辛毗は、思わず肩を抱いて身震いした。


(これは、怪異、か……?)


 辛毗は妖術や怪談の類を素直に信じる人間ではない。

 しかし、ある程度神仙への信心は持っているし、因果とかいうものもそれなりに信じてはいる。


  最近は、あるできごとが原因でさらにそういうものについて考えるようになった。


 それに、通常の理論で説明できないことを意地になって否定したりする性格ではない。

 否定したって何も解決しないし、かえって事態が悪い方向に進むことは分かっている。


 だから辛毗は、この異常事態を一応怪異として認めておくことにした。


(それに、私は、裏切り者だから……。

 あるいは、あの男が……)


 それに、辛毗には心当たりもあった。


  袁家内紛のさなか、自分は何をしたか?


 それを考えると、このような怪異に遭っても仕方がないような気はした。

 自分を怪異に遭わせて呪い殺そうとする、そんな怨念を負わせてしまったであろう人物にしっかりと心当たりがある。


「だからといって、易々とは死なぬぞ……!」


 辛毗は襟元をぎゅっと握り、低い声でつぶやいた。


  心当たりはある、だが死んでいい道理はない。

  死んだ兄と一族のためにも、自分は生きなければ。

  あの男に殺された、一族のためにも。


 これが怪異であることは認める、だが素直に飲まれて殺される気はない。

 それに、まだこれがあの男のしわざであると決まった訳ではない。

 ぶ厚い霧に遮られて、相手の顔など今は見えようがない。


「私は、生きるぞ……たとえ、裏切り者の汚名を背負っても!!」


 亡き兄を想い、己のあさましさに心の隅であきれながら、それでも辛毗は霧の中に踏み出した。


 辛毗の脳裏には、袁家内紛のさなかに己の手で散らした一人の男の顔がちらついて離れなかった。

 そして、自分を招いた男とその目的が全くの的外れであることを、今の辛毗は知る由もなかった。

 辛毗は自分を呪いそうな人物に心当たりがあります。

 そしてその人物は、辛毗の兄の一族を殺しているのです。

 つまり辛毗がその人物を殺してしまったのは、憎しみの連鎖である訳です。

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