表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第5章~劉琦について
79/196

劉琦~盲愛の部屋にて(1)

 ちょっと家族の調子が良くないので更新が滞ってすみません。

 ひまを見つけて続けていきますので。


 劉表の部屋は、何もかもが昔のままだった。


 実の母が使っていた華やかな鏡台、父と母がそろいで使っていた湯呑、ベッドから垂れ下がるカーテンも今とは違う薄絹だ。

 劉琦が幸せだった頃の、そのままの楽園がそこにあった。


  蔡氏の趣味とは全く違う、劉表と実の母の愛の巣だ。

  そして自分は、かつてそこの住人だった。


 そうだ、あのころはまだ、自分は父劉表の『家族』だったんだ。

 父と、実の母と、自分の水入らずの家族。


(ああ、これは私のいる場所だ!)


 本能的に押し寄せる安堵感に、劉琦はついふらふらと部屋の中を歩き回った。


 追われているというのに、劉琦はそこから目を離すことなどできなかった。

 失ったものはあまりにまぶしすぎて、疲れ切った劉琦の目を捕らえて放さなかった。

 あまりの心地よさに、劉琦はこのまま死んでもいいとさえ思ってしまった。


  ふと、背後から衣擦れの音が響いた。


 鎧の音ではなく、衣擦れだ。

 あの武人ではなく、着物をまとった誰かだ。


  この部屋にあって着物をまとった人物……劉琦は、思わず歓喜にのまれて振り向いた。


「お母さ―……!!」


 劉琦の声は、途中で声にならない悲鳴に変わった。

 そこにいたのは、確かに劉琦のお母さんだった。

 ただし、産みの親ではなかった。


「なぁ~にぃ~?」


 意地悪く間延びした声とともに迫ってくるのは、蔡氏の化け物だ。

 だいぶ切られてはいるが、血塗られたいばらの鞭を手に歩み寄ってくる。


  劉琦は完全に読み違いをしていた。

  あの武人が倒れていなかったことは、蔡氏の化け物が倒れた証拠にはならない。

  勝負がつかず、両方さまよっている可能性だってあったのだ。


 思えば、ここは今は、蔡氏の部屋でもあるのだ。


 しかし、劉琦はそれでも抵抗した。

 ここは『自分たち』家族の部屋だ。

 せっかくこうなっている部屋を、再び蔡氏に踏みにじられるのはどうしても許せなかった。


「出て行ってください!」


 近くにあったものを手当たりしだいに掴み、投げつける。


「ここは、あなただけの部屋じゃありません。

 私だって父上の息子です、ここにいていけない道理はないでしょう!」


 そう言ってやると、蔡氏の化け物はおかしそうに首をかしげた。


「ええ~?知らナイそんなコト!

 劉表様の息子はァ~わたくしの子だけヨォ~?」


「私がここにいます!!」


 劉琦は渾身の声で、叫んだ。

 化け物の体についていた薔薇の花がほとんど切り落とされているため、さっきほど息が苦しくはならない。

 それでも、その大声で劉琦は肩で息をするはめになった。


 しかし、蔡氏はふしぎそうに辺りを見回し、悪びれずにこう言ったのだ。


「ええ~?どこにいるの、他の息子なンテ?

 知らナ~イ、見えナ~イ!」


 劉琦はぎくりとして身をすくめた。


  蔡氏の化け物が、目隠しをしている理由が分かった。

  見たくないから、見ないことにしているのだ。

  そうやって、劉琦のことをただの侵入者として始末しようとしているのだ。


 実際、そうでもしないと夫の子を手にかけることなどできないのだろう。


  しかし、一番愛しいのは自分と自分の子だから……。

  愛は盲目を貫き通して、現実から徹底的に目をそらしているのだ。


 劉琦には、その執念が恐ろしかった。

 相手が何者であるかから目を閉ざして、一心に鞭を振るう蔡氏の妄執が恐ろしくてたまらなかった。


 気がつけば、劉琦は逃げ場を塞がれていた。


「さア、大人しくあの世に行きナサイ。

 そんなにあの女が恋しいナラ、同じところに送ってアゲるわ」


 蔡氏の化け物が、鞭を振り上げる。

 今度こそ、終わりだ。


 劉琦は、恐怖から目をそらすように耳を塞いで目をつぶった。



 しばらく、そのまま時が流れた。


 劉琦が恐る恐る目を開けると、確かに蔡氏の化け物はそこにいた。

 さっきと同じように、鞭を振り上げた姿勢のままで。


  その化け物の体が、だんだんとのけぞっていく。


「え……?」


 化け物の胸に、一輪の赤い薔薇が咲いた。

 しかし、その香りはかぐわしいどころか胸が悪くなる鉄の臭いだった。


  花ではない、血だ。


 その赤い染みの真ん中から、血に染まった刃が突きだした。

 蔡氏の化け物が後ろに反り返って崩れるのに合わせて、胸から首へと斬り上げていく。

 ほどなくして、蔡氏の化け物は上半身を両断された。


  飛び散る血煙の向こうに、人影が見えた。


よ……」


  そうだ、あの武人がすぐそばにいたんだ。


 血塗られた身をさらに鮮血で染め上げられた武人が、劉琦に手を伸ばした。

 血糊でべとつく手で、劉琦の顔を覆っている手をつかむ。


 次の瞬間、劉琦はその武人の顔を間近で見た。

 蔡氏の化け物の目隠しは、偏愛ゆえの盲目を表しています。

 自分の子を愛するあまり、他の何もかもが見えなくなっている人は、世の中にけっこういるような気がします。

 現代でいうと、モンスターペアレントのようなものです。


 しかし、その蔡氏の化け物は例の武人が倒してくれました。

 次回、劉琦はその武人と正面から向き合い、正体と想いを知ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ