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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第5章~劉琦について
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劉琦~荊州城にて(5)

 悪夢の主体が違っても、基本的に敵の強さはそれほど変化しません。

 ただし敵の姿や攻撃方法が違うのは、劉琦の悪夢が袁紹の悪夢と微妙に異なるからです。


 そのため、悪夢世界での戦闘の難易度は巻き込まれた人の強さに依存します。

 公孫瓚や関羽と張飛、孫策にとってはEASY、劉備と袁紹、袁譚にとってはNORMAL、今回の劉琦にとってはHARD(丸腰ではナイトメア)となっています。

(あ……私、死ぬのかな?)


 前と後ろから迫ってくる恐怖に身を縛られたまま、劉琦は思った。

 周りは敵ばかりで、助けてくれる者は誰もいない。


  そこまで考えた時、劉琦は妙な既視感に襲われた。


(何だ、いつもと同じじゃないか)


 思えば、劉琦が普通に暮らしている時でも、だいたい周囲はこんな感じだった。

 蔡氏が父を捕まえて自分の方から目をそらせて、蔡瑁やその仲間たちが劉琦を狙い続けて、召使いたちもだいたい蔡氏の味方で……。


  助けに来てくれる味方なんか、誰もいなかった。


 口だけ味方してくれる者はいる。

 しかし、蔡氏や蔡瑁が狡猾に罠を仕掛けてきたときに、彼らが役に立ったことはない。

 劉琦を守りたいような顔をしておいて、実際に寄り添ってなどくれないのだ。


  結局、みんな世間体とか、慈悲深く見られたいとか、そんなだろう。

  心から親身になって守ってくれる者など、誰もいない。


「父上……」


 劉琦は最後に、父を呼んだ。

 だが、来てくれるはずもない。

 父はたぶん、この世界にいないのだから。


  いや、いても助けに来てくれるかは怪しい。

  蔡氏が行かないでとすがったら、きっと父はそちらを選ぶだろう。


 つまり、助けてくれる者は誰もいない。

 きっと自分はここで死に、誰からも忘れ去られていくのだろう。


  でも、このままは苦しい。だから……。


(それも、いいかもしれない)


 この霧に巻かれる前と同じ、無力感が劉琦を包む。

 この苦痛が終わるなら、全てがどうでもよくなってくる。


(ああ、もう……)


  楽になりたい、楽になっていい、楽になればいい。



 怪物の指先が劉琦に届こうとするその瞬間、劉琦の視界が大きく回転した。

 体が突然バランスを失い、地面に向かって投げ出される。


「キに手を出すな!!」


 地面にたたきつけられた刹那、そんな声が聞こえた。

 そして続いて聞こえる、怪物の人であって人でないような悲鳴。


 傾いた視界の中で怪物が体液を流して後ずさるのを見て、劉琦はようやく理解した。

 誰かが、自分を助けてくれたのだと。


(まさか、父上!?)


 希望に引きずられてどうにか起き上がった劉琦は、霧の中に目をこらした。

 すると、そこには確かに人影があった。


  彼自身怪物と対峙しているせいか、劉琦からはうまく顔が見えない。

  霧が流れてかすかに薄くなると、彼が鎧をまとって剣を構えた武人だと分かった。

  しかし、同時に、望んだ人物でないことも分かった。


(父上……じゃない。

 父上はこんなに背が高くないし、こんな分厚い鎧は着ない)


 落胆した劉琦が動かずにいると、その男は劉琦に向かって手を払うようなしぐさをした。


「何をしている!?

 早くここから逃げるのだ!!」


「え?」


 劉琦は一瞬、相手が何を意図しているのか分からなかった。

 うろたえる劉琦に、その男はさらに言い募る。


「逃げろと言っているのだ!

 ここはわしが引き受けるから、おまえは行け!!

 怪物が集まる前に、早く!!」


 そこまで言われて、劉琦はようやく気付いた。

 この人は、自分を助けようとしているのだ。


  奇蹟だ。


 この恐ろしい世界で、父上以外に自分を助けてくれる人がいるなんて、信じられない奇蹟だ。


(神様が、助けてくれたの?)


 劉琦は、率直にそう思った。

 同時に、この奇蹟を無駄にしてはならないと心を奮い立たせた。


  神様が、自分を父上のもとに帰すためにこの人を遣わしてくれたのかもしれない。


 劉琦はすぐさま立ち上がり、恩人に背を向けて走り出した。


「すみません、恩に着ます!」


 返答は、なかった。

 代わりに、剣が何かを切り裂く音が聞こえる。

 怪物の悲鳴と、そして、霧を震わせる羽音が聞こえる。


「よし、これで……うわっ何だこれは!?

 おのれ……くっ……ぐわっ!?」


 助けに来た人がやられたような気がするが、振り返る勇気はなかった。

 そう言えば、あの人も自分と同じように空を飛ぶ怪物を知らなかったのかもしれない。


  だとしたら、悪いことをしてしまった。

  結局、あの人が誰だったのかは分からなかったけれど。

  元の世界に戻れたら、父上に申し上げて手厚く葬ってもらわないと。


(そもそも、あんな武将、荊州城にいたっけ?)


 逃げながら特徴を思い出すうちに、劉琦はふと疑問に思った。

 自分に味方する者がいたのも奇蹟だが、それ以外にもおかしいところはある。


  まず第一に、あの鎧は荊州軍にしては厚すぎる。

  この温かく湿った荊州で、あんな格好の武将は見たことがない。

  暑いし、水に飛び込んだら沈んでしまうではないか。


 それ以外にも、腑に落ちない点がある。


  荊州城は長らく戦に巻き込まれていないため、あんな好戦的な武将はいない。

  そんな将兵は皆、孫呉に備えて長江沿岸に配属されているはずだ。

  こんな安全地帯の城に、あんな将がいる意味が分からない。


(じゃあ、あれは、誰?)


 劉琦は、少し背筋が寒くなった。

 確かに自分の名前を呼んでくれた気がするが、見知らぬ男がどうして自分の顔を知っているのか。


 寒いのは、また建物から出てしまったせいもあるだろう。

 劉琦はいつの間にか、城の中庭に入っていた。


「はあ、はあ、ふえぇ……」


 すっかり切れてしまった息をどうにか整えながら、劉琦はこっそりと中庭の広場をのぞいた。


 霧に巻かれる前、父上は蔡氏とここにいたはずだ。

 もしかしたらいるかもしれないと思ったが……案の定、誰もいなかった。


  ただ、蔡氏が劉表にねだって植えさせた、美しい薔薇だけが大輪の花を咲かせていた。


「……?」


 劉琦は、しげしげとその花を見つめた。

 この全てが色あせてしまいそうな霧の中で、その花だけは鮮やかに咲き誇っていた。

 その鮮やかな色はあまりに魅力的で、劉琦は思わずそれを手に取ろうとした。


 とたんに、劉琦の手に鋭い痛みが走った。

 薔薇の棘が、劉琦の細く白い指を刺したのだ。


「あうっ!」


 劉琦は慌てて手を引っ込めたが、どうやらそれだけでは許してもらえなかったようだ。


  薔薇の茎が、鞭のようにうねって急激に伸び始める。

  視界がグニャリと歪んで平衡感覚がおかしくなる。

  さっきまで薄暗い程度だった視界が、急に夕闇のように暗くなっていく。


 劉琦が再び視界を取り戻したとき、劉琦の周りにはこれまでにない悪意が渦を巻いていた。

 劉琦を助けてくれたのが誰なのかは、読者の皆様にはもうお分かりでしょう。

 しかし、劉琦はそれが誰なのか分からず不安を覚えます。

 また、助けた方も霧と怪物のせいで劉琦の顔がはっきり見えていません。


 次回、裏世界に変貌した中庭で、劉琦にとってのボスが現れます。

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