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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第5章~劉琦について
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劉琦~荊州城にて(2)

 今回題材にした荊州の劉家も、袁紹の家と同じく後継者を巡って争いが起き、家が滅んでしまっています。

 袁家の場合は袁紹や息子たちがかなり自発的に争いの種をまいていましたが、劉家の場合は外戚や家臣に起因する部分が多いようです。


 そのため、劉琦は自分では争う意思などないのに居場所がなくなってしまうのでした。

 気が付いたら、城は霧に没していた。


「あれ、いつの間に……?」


 目を覚ました劉琦は、ふしぎそうに辺りを見回した。


 さっきまで降り注いでいた太陽の光は、ぶ厚い雲に遮られている。

 白く、寒々しい霧がさらさらと流れている。


  その霧が肌を撫でたとたん、劉琦はぞわりとして身震いした。


「けふっけふっ……さ、寒い……」


 息を吸うたびに、ざらざらした湿気が喉にからみつく。

 気温自体はそれほど低くないはずなのに、背中に悪寒が走った。


  だが、ふしぎとそれほど不安はなかった。


 どうしてだろうと思ってみて、劉琦はさらに落ち込んだ。


(ああ、何というか……いつものことだ)


 考えてみれば、父が後妻をめとってから、荊州城は自分にとっていつもこんな感じだった。


  光が遮られて、明日が見えない。

  父上の新しい家族の空気が、いつも自分を拒んでいる。

  誰も温めてくれる人がいなくて、一人隅っこで咳き込んでいる。


 実際に霧があってもなくても、荊州城はもはや自分の居場所ではない。

 見知らぬ家族に、間借りしているようなものだ。


(だったら、この霧は私の味方なんだろうか?)


 劉琦はふと思った。


 劉琦は荊州城からあまり外に出ない一方、荊州城の中でもあまり自由とは言えなかった。

 劉琦はいつも新しい母、蔡氏を避けていなければならなかった。

 自分が嫌な思いをする以上に、蔡氏がすさまじく気分を害するからだ。


  あら、何の用かしら、劉琦坊ちゃん!?


 出会うたびに、いや彼女が視界に入るだけで劉琦は蛇ににらまれた蛙の気分になる。

 父劉表が気づいて微笑む前に、蔡氏が敏感にこちらの気配を察して早く去れとにらみつけてくる。


  蔡氏は、劉琦を徹底的にのけ者にしようとしているのだ。

  蔡氏の弟である武将、蔡瑁も、その周りの人間も。


  彼らはもともと、体の弱い劉琦が後継者になることをよく思っていなかったから。


 だが、と劉琦は思う。


(これだけ霧が濃ければ、かなり近づかなければはっきり私だと分からないはず。

 久しぶりに、自由に城を歩けるかもしれない)


 劉琦にとって、この霧はありがたいものだった。

 恐ろしい継母の目から自分を隠してくれる、優しいカーテンだ。


  この異常気象を前にしてそう思えるほど、劉琦の心は疲れ切っていた。


 妙にうきうきした気分で、劉琦は城の中を歩き出した。

 その霧の中にどんな恐ろしいものが潜んでいるか、何も知らずに。



 劉琦はてくてくと、城の中を歩いて行った。

 長い廊下の先は白くかすみ、静寂が城を支配している。


  普通の霧は、こんなに建物の中まで入ってくることはない。

  それに気づいていながら、劉琦の足は止まらなかった。


(今なら、父上の部屋に行けるかもしれない!)


 劉琦には、切望している場所があった。


  他でもない、父の部屋だ。


 蔡氏が劉表の妻となってから、劉琦は父の部屋に入ることさえ困難になった。

 さらに劉琮が生まれてからは、父が自分の部屋に来てくれることもなくなった。


  言うまでもなく、劉琦は父の愛に飢えているのだ。


(何か、父上のものをお守りに欲しいなあ。

 できれば、母上が残してくれたものがあったらいいなあ)


 自分を残してくれた、実の母と劉表の思い出を、劉琦は探していた。

 この冷たい世界で、心の拠り所にできる何かを切実に欲していた。


 例えば、劉表と実の母が使っていた小物や食器とか、物は何でもよかった。

 父と母の幸せな過去を思い出させてくれるものなら、何でもよかった。


  正直、父の部屋に入れさえすれば、それを持ち出すのは簡単なことだろう。

  蔡氏は前妻の残したものがなくなっても、喜びこそすれ咎めはしないはずだ。

  だが、これまでは、とにかく父の部屋に近づけなかった。


(でも、この霧が出ている今なら……!)


 劉琦は、せつない願いを胸に父の部屋に向かっていた。


 城内は、静かだった。

 霧が出ているとはいえ人はいるはずなのに、シーンという音が耳につくくらい静かだ。


  人は、いるはず……なのに。


 劉琦は自分が嫌いな人と顔を合わせないように慎重に進んだが……どうやらその必要はなかったようだ。

 行けども行けども、劉琦は誰にも会わなかった。

 いつも家族の部屋を世話している召使いや、いなくてはいけない警備兵さえ、どこに隠れたのか一人も見かけなかった。


「……あれ?」


 さすがの劉琦も、これはおかしいと感じた。


 少し怖くなって、いつも必ず兵士が立っている場所にわざわざ顔を出してみたが……そこに人の姿はなかった。

 ただ、霧に湿った旗だけがかすかに揺れていた。


(もしかして、これってまずい状況になってる?)


 劉琦の背中を、冷や汗が流れた。

 どうやらこの荊州城から、人が消えてしまったようだ。


  いても自分の味方にならないことは分かっているが……さすがにこれは不気味だ。

  さっきまでいた人間が、全員跡形もなく消えてしまうなんて。


「あ、あの~……誰かいませんか?」


 湧き上がる恐怖に耐えかねて、劉琦はつい声をあげて霧の中に呼びかけた。

 だが、劉琦の呼び声が霧のなかにこだまするばかりで返答はない。


 それでもしつこく呼び続けたら……何度目かの呼びかけの後、近くの物陰で音がした。


「誰かいるのですか!?」


 劉琦は喜んで駆け寄った。

 だが、その物陰をのぞきこんだとたん、劉琦は震えあがった。


  そこにいるのは、劉琦が今まで目にしたことがない生物だった。

  いや、そもそもこの世にいるのかどうかさえ、疑わしいモノだった。


 霧の中に、劉琦の絶叫がこだました。

 今回のキーパーソンに、劉表の後妻である蔡氏がいます。

 この女性は劉表に使える蔡瑁サイボウという武将の姉で、劉表との間に劉琮という子をもうけています。

 当然、自分の子を跡継ぎにするために劉琦が邪魔になり、排除しようとするのです。


 そういう訳で、彼女には蔡瑁をはじめとする武将たちの支援があります。

 城内にそんな武将が常にうろついているので、劉琦はますます疲れてしまうのです。

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