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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第5章~劉琦について
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劉琦~荊州城にて(1)

 袁紹は孫策の助けを借りて、再び救いへの希望を取り戻します。

 今回は物語の進行にはあまり関係のない、幕間のような話です。

 過去の袁紹と似たような状態にある一人の青年が、悪夢に迷い込んでしまいます。


劉琦リュウキ 字は不明 生年? 没年209年?

 荊州の太守である劉表の長男。病弱で、それほど優れた才能を持っている訳でもない。実の母を亡くし、劉表の後妻である蔡夫人に疎まれる。劉表の死後は劉備に保護され、赤壁の戦い後はしばらく荊州の太守でいたが、若くして病死した。

 気が付いたら、未来は霧に没していた。

 寒々しく、先の見えない霧に……。


 どうしてこうなってしまったのだろう?


 彼はぼんやりと、そう思った。


  あの子に後は任せられませんわ。

  跡継ぎには、このわたくしの子を……。


 霧がかかった頭の中でぐるぐると回る、もはや聞き慣れた言葉。


 この冷たい我が家で、自分は明日も生きていられるだろうか……?

 助けを求めても応えはなく、彼は一人で涙をこぼした。




 温かい日差しが、城の中庭に降り注ぐ。

 穏やかに晴れ渡る空の下、荊州城の中庭には色とりどりの花が咲き乱れていた。


 その花々に囲まれて、一組の男女が戯れていた。


「うふふ、我が君……」

「蔡よ、愛しい我が妻……」


 初老の男は劉表といい、この荊州城の主だ。

 若く美しい女の膝に頭を乗せて、気持ちよさそうにくつろいでいる。


 若い女は蔡氏といい、劉表の妻だ。

 夫に膝枕をして、たおやかな手つきで夫の髪を撫でる。


  仲睦まじい、夫婦のひと時だ。


 夫は妻に全てを委ねて安らぎ、妻はそんな夫を愛しげに撫でる。

 そして側には、幼い男の子がちょろちょろと庭の花で遊んでいる。

 二人の愛の結晶、劉琮だ。


  それはまさしく理想的な、愛に包まれた幸せな家族だった。


 妻と子を愛し、誰よりも大切にする夫。

 そんな夫とかわいい息子を愛し、誰よりも大切に扱う妻。

 そして、両親の愛をめいっぱい受けて未来を約束された幼い息子。


  城を警護する兵士たちも、重臣たちも、誰も水を差そうとはしない。

  主の幸せな時間を邪魔するなんて、野暮なことはしない。


 たとえ劉表にもう一人息子がいたとしても……今、蔡氏の目の前でそれを口に出す勇気は家臣たちにはなかった。



 中庭の入り口で、一人の貧弱な青年が中を伺っていた。

 元より、入れるとは思っていない。


 色とりどりの花々に囲まれて、くつろぐ父の姿が見える。

 そして傍らに寄り添う、新しい母と弟……。


 青年の名は、劉琦といった。


「父、うぇ……くっこふっ……」


 劉琦は父を呼ぼうとして、突如こみ上げてきた咳に肩を震わせた。

 最近はしばらく調子が良かったのに、どうしてこういう時にぶり返すのだろう。


  劉琦は、生まれつき体が弱かった。


 そのため、以前は父劉表が心配してずっと側にいてくれたものだが……。

 数年前、父が若い妻をめとってから、そんなことはめっきり少なくなった。


  劉琦の母は、すでにだいぶ前に他界している。


 そのため、劉琦は多くの時間を一人で過ごすようになった。

 だが、これまでずっと父の愛を独り占めだった劉琦には、それは耐えがたい苦痛だった。


(父上には、もう私はどうでもいいのかな……?)


 体調がすぐれない時は特に、劉琦はそう思う。


 もちろん劉表も一応劉琦のことは気にかけていて、時々思い出したように声をかけてくれる。

 だが、以前は欠かさず寝る前に歌ってくれた子守唄も、愛しさが極まって額に口づけをしてくれることも、今は劉琮のみの特権になった。


「くっ……うっ……けふっ!」


 悪いことばかりが頭の中を巡り、体の調子も悪くなる。

 劉琦は咳が蔡氏に聞こえないように、足早にその場を離れた。


  側にいたことが知れたら、後でまたどんな嫌味を言われるか。


(父上は、私の父上なのに……!!)


 無念の思いを抱えて、劉琦は父の側を去る。


  蔡氏の怒りに触れたら、正直、嫌味ですめばいいほうだ。

  物がなくなったり、汚されたり、食べ物に毒が入っていたことさえある。

  しかも劉表の前では決して尻尾を見せないので、父に言っても信じてもらえない。


 結局、自分の命を守るには父から離れるしかないのだ。


 人目を避けて、劉琦は城の隅にある小さな休み場で横になった。

 側には、小さな雑草がこまごまとした花をつけている。


「ふふ、私とおんなじだ」


 ひょろひょろと貧弱な体で、見事な花を咲かせることもできない。

 そうして、誰にも必要とされないまま、枯れていくのだろう。


  だったらいっそのこと、今すぐいなくなってしまえたら……?


 そんな考えが、劉琦の頭をかすめた。


  自分は誰からも必要とされていない。

  父上も、蔡氏と劉琮がいればそれで幸せだ。

  そして自分は、生きていても苦しいばかりだ。


 そんな自分が、これからも生きていくことに何の意味があるのか?


「ああ、もう……」


  楽になりたい、楽になればいい、楽になっていい……。


 劉琦は体の重さに身を任せるように、まぶたを閉じた。

 泥沼のような眠りが、劉琦を包んでいく。


  白く冷たい霧が、劉琦の肌を撫でる。


 少し後、召使いが劉琦を探してそこを訪れた時、劉琦の姿はどこにもなかった。

 劉琦は過去の袁紹と同じように、継母にいびられて陰鬱な日々を過ごしています。

 父劉表は蔡氏とその息子、劉琮リュウソウにとられて頼る者もありません。


 劉琦の悪夢と袁紹の悪夢が重なった時、荊州城で新たな悪夢が紡がれます。

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