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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第4章~孫策伯符について
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袁紹~憎悪の館にて

 袁紹はついに、孫策の力を借りて袁術を討つことができました。

 孫策は袁紹を力強く激励し、最後まで裏切ることなく信義を通してくれました。


 そんな孫策に触れて、袁紹の心は大きく変化を遂げます。

 そしてまた、孫策の方も…。

「はあ、はあ……う、ああっ……」


 胸の傷を押えて、袁紹は床に膝をついた。

 苦悶の表情を浮かべ、目じりに大粒の涙が浮かぶ。


  痛みは、傷だけではない。


 目の前に、地獄への穴がぽっかりと口を開けている。

 今しがた、実の弟を落としたばかりの穴が。


「術、なぜだ……なぜ最後まで分かってくれなんだ!!」


 袁紹の胸を刺しぬくのは、弟に裏切られた痛みだ。

 自分でも変われるなら、袁術ももしかしたら……そんな希望を抱いてしまった代償だ。


  劉備の時は、袁術を斬るのにこんな痛みはなかった。

  どうせ袁術も自分も、変わることなどないと割り切っていたから。


 孫策は苦しむ袁紹の肩を、そっと撫でた。


「それでいい、その痛みはあなたが信じることを知った証だ。

 今は苦しいかもしれないが、あなたは確実に変われたじゃないか。

 きっと、救われるさ」


 口からぽたぽたと血の滴をこぼしながら、裏の袁紹はかすかにうなずいた。


 袁術は変われなかった、だから救われなかった。

 だが、自分は確実に変わった。


  信じた者と、大きなことを成し遂げるのがこれほどの安らぎを生むとは知らなかった。


「そうだ、私は……これからも、救いを求めていく」


 孫策に支えられて、袁紹はどうにか立ち上がった。

 そして、弟と別れた悲嘆の部屋を後にした。



 館から出ると、そこには表の袁紹と小鬼が待っていた。

 白く、どことなく清涼な霧に包まれて佇んでいる。


「旦那さん、兄ちゃん、とうとうやったんやな!」


 小鬼が走ってきて、二人の顔を見て言った。

 孫策は深くうなずき、そして小鬼に手を差し出した。


「ああ、任務は果たした。

 では、例のものをいただこうか」


「ほいきた、受け取りなはれ!」


 小鬼は懐から一枚の書状を取り出し、孫策に手渡した。

 袁紹は少し興味を起こしてそれをのぞきこむ。


「何が書いてあるのだ?」


 すると、孫策ははにかむように笑ってそれを読み上げた。


『孫策伯符は地獄の捕縛隊に手を貸し、暴君袁術の魂を地獄に収監することに成功した。

 その功績を、ここに証明する。

 地獄悪魂捕縛隊係長(名前は読めない文字で書かれている)』


 袁紹はほっとして肩の力を抜き、皮肉混じりにつぶやいた。


「なるほど、さすがはあの孫堅の子……。

 転んでも、ただでは起きぬな」


 それを聞くと、孫策は照れたような顔をして応えた。


「自分が救われるためだ、自分にできることはできる限りやって裁判に備えるさ。

 あなたに言われたとおり、他人ばかりに重荷を負わせはしない」


 孫策は、さっきまでより少し謙虚な顔をしていた。


 地獄に行くべき袁術の魂をあるべき場所に送ることは、地獄の業務を手伝ったことになる。

 孫策はその功績を地獄のルートで証明してもらい、罪を相殺する足しにするようだ。

 小鬼が手渡したのは、その証明書だ。


  他人をあてにするばかりではなく、自分のことはできる限り自分で責任をとる。

  変わったのは、袁紹だけではない。


「さあて兄ちゃん、こっちの条件ものんでもらいまっせ」


 小鬼が何やら小さな判子を手にして、孫策に歩み寄る。

 孫策は印のついていない左腕の袖をまくって、小鬼の前に差し出した。


  小鬼の判子が肌に触れたとたん、孫策の腕を黒っぽい炎が包む。


 それが消えた時、孫策の左腕には右腕とはまた別の印が刻まれていた。


「これが地獄との契約の証や。

 また何か悪い霊を見かけたら、それを傷つけて連絡してな。

 ……裁判に負けたら、その時は面倒見たるから」


 孫策は、すまなさそうにうなずいた。

 それを見て、袁紹は悟った。


  孫策は、悪い霊を地獄に落とすことで罪を相殺する功をこれからも増やす気だ。

  そしてその代償に、もし裁判に負けた場合は、地獄で働く契約を交わしたのだ。


 だが、孫策の目に迷いはなかった。


「大丈夫だ、地獄の獄卒として働くのなら、魂がすり減って消えることはない。

 長い時はかかるだろうが、罪を償って再び生まれ変われる。

 俺を信じてくれた、周瑜と太史慈の魂を消滅させはしないさ!」


 なんと、孫策は裁判で負けた時のこともきちんと考えていたのだ。

 袁紹のおかげで、うまくいかなかった場合のことも考えられるようになったらしい。


 最後に、孫策は袁紹の手を握って晴れやかな顔でこう言った。


「あなたに会えてよかった。

 これからは別の道を行くが、あなたが救われることを草葉の陰で祈っている」


 袁紹も、孫策の手を優しく握り返してこう言った。


「私も、おまえに会えてよかった。

 おまえが裁判に勝てることを、祈っている」


 一しきり別れを惜しんで、孫策は霧の途切れる向こうに消えて行った。


  きっとこれからも持ち前の行動力で、悪霊を見つけては自分の功を積むのだろう。

  二人の親友の命が尽き、共に裁判に向かうその時まで。


 その後ろ姿を見送る袁紹の胸には、かつてない爽やかな風が吹いていた。


(私は、人に頼ってもいいのだ……)


 そう思ったとたんに、袁紹の胸に幾つもの懐かしい顔が浮かんできた。


  幼少のころから、長い時間を共に過ごしてきた親友と、その一族……

  人生の途中で敵に変わったとはいえ、それは個人に対する憎しみではなかった。


  自分を救ってくれるとしたら、それは……。


 はっきりと姿を現してきた希望を胸に、袁紹は再び歩き出した。


「行こう、私は私の道を!」


 流れる霧は、相変わらず冷たい。

 しかしその上には、温かく全てを包み込む太陽の光があった。


  そしてその太陽を見上げるたび、袁紹の脳裏には孫策の凛とした声が響くのだった。

 袁紹と孫策はそれぞれお互いに足りないものを得て、自分の進むべき道に踏み出します。


 ここまで全章を通じて、初のグッドエンドです。

 ただし、孫策は生前袁紹と親しくなかったため、救いを与えることはできません。


 次の章は、幕間的な短い話を一つ入れます。

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