公孫瓚~憎悪の館にて(2)
正直、公孫瓚編は出題編のようなものなので、単なる怪奇現象に終始しているかもしれません。ですが、これに続く他の人物編でいろいろと悪夢の断片が明らかになっていきますので、その時に今回の怪異の答えを探していただけたら幸いです。
血と膿と錆にまみれた冷たい石の床に座って、袁紹は剣を磨いていた。
刺すように冷たい水が、剣についた血糊を洗い流していく。
「公孫瓚はあの女の部屋に入ったよ」
いつの間にか、少年がすぐ側に来ていた。
少年は袁紹の顔をのぞきこんでささやく。
「本当に君が相手にするのかい?
あいつはきっと、何も分からないよ。
そんな奴と顔を合わせたって、君が傷つくだけだって」
しばらく、沈黙が続いた。
「もし、少しでも……」
袁紹がつぶやく。
「少しでも私のことを分かってもらえたなら、その可能性が針の先ほどでもあるのなら……ここは私が出よう。
もし本当に私を分かろうとしないなら、その時はこの手でけりをつける」
袁紹は、希望を捨てきれない痛ましい顔をしていた。
少年はあきれたようにふっと息を漏らし、袁紹の前からどいた。
「仕方ないなあ……言っておくけど、だめでもこいつで諦めたら承知しないからね」
「うむ、分かっておる。
恩に着るぞ」
袁紹は立ち上がり、きれいに磨き上げた剣の素振りをして見せた。
もうすぐあの男がここにやって来る。
生前の宿敵として、一応礼は尽くすつもりでいた。
公孫瓚は鏡台の上に置かれていた本を途中まで読み、投げ捨てるように鏡台に戻した。
それは、この漢帝国ができたばかりの頃の歴史書。
しかし、その内容は胸が悪くなるばかりの残酷な物語だった。
そこに記されていたのは、高祖劉邦の妻、呂后の話だった。
皇帝になり、他の女にうつつを抜かす劉邦を恨み、劉邦が死んだとたんに復讐の鬼と化した呂后。
夫が寵愛した女の手足を切り、目鼻をつぶし、人豚と呼ばせた目をおおうばかりの蛮行。
その章を読み終えたとたん、公孫瓚の耳元で怒りに狂った声が聞こえた。
「殺してやる!
あの女に渡すものか!!」
公孫瓚は大慌てで振り向いたが、そこには誰もいなかった。
静まり返った部屋の中で、公孫瓚の心臓だけが早鐘のように打っていた。
公孫瓚は部屋の中に本当に誰もいないのを確かめると、鏡台をあさって何かないかと探した。
そして、金色に輝く豪奢なデザインの鍵を見つけ出した。
「おお、これで道が開けるやもしれぬ!」
鍵を見つめて喜ぶ公孫瓚の背後で、一瞬鏡に袁紹の姿が映った。
しかし鍵に気をとられていた公孫瓚がそれに気付くことはなかった。
公孫瓚は鍵を手にして一度大きく息をすると、用心深く部屋の扉を開いた。
すぐ側に怪物はいないようだったが、公孫瓚は思わず息をのんだ。
屋内の様子が、激変していたのである。
床や壁に、血のような汚れがはびこっている。
そのうえ、粘つく膿のようなものがそこらじゅうに落ちている。
さっきまできれいだった屋敷は、外と同じような地獄に変じていた。
そして廊下には、公孫瓚を導くように血痕が長い筋をなしていた。
(これは……来いという事か?)
さすがの公孫瓚も退き帰そうかと思ったが、出口がないであろうことは想像がついた。
公孫瓚は剣を抜き放ったまま、用心深く血濡れの廊下に踏み出した。
あちこちから、怪物の呻き声が聞こえる。
公孫瓚は怪物を先手必勝で倒し、時にはやりすごしつつ血痕を辿った。
血痕は、大きな扉の向こうに続いていた。
きらびやかな装飾が、錆の間からのぞいている。
先は見えないが、それでも入るのをためらわせる威圧感が漏れていた。
「ここが、妖魔の巣か……」
公孫瓚は腹をくくって、金色の鍵穴に鍵を差し込んだ。
カチリと乾いた音がして、扉の鍵が開いた。
いよいよ、ゲームでいうボス戦に突入します。
公孫瓚はどのようなボスと戦い、それが袁紹の何を象徴しているのか…そして戦いの結果はいかに!?
余談ですが、自分は三国志以外にも(主に横山光輝の漫画で)古代中国史を読んでいます。今回のように、またそれとなく作中で出るかもしれません。