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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第4章~孫策伯符について
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孫策~憎悪の館にて(4)

 倒すべき敵が待つ部屋に向けて、袁紹と孫策は足を進めます。

 二人の間には、劉備の時のような余計な思惑はありません。


 一方、袁術は母親の幻影にすがって逃げ出すことができません。

 袁紹が悪夢を抱えているように、袁術もまた心に悪夢を抱えているのです。

「うっ……うっ……母上ぇ!」


 袁術は、幼い頃から慣れ親しんできた肉の塊にすがりついて泣いていた。


「母上だけだ、この世でおれを大切にしてくれたのは母上だけだ!

 うわあああぁ……」


 ここにいても何の解決にもならないと、心のどこかでは分かっている。

 しかし、外の世界は戻るには残酷すぎた。


  自分は選ばれた血筋で、生まれながらに人の上に立つ資格があるはずなのに。

  だから当然のように、皇帝になってそれにふさわしく暮らそうと思ったのに。


 思えば、母の死とともに袁術の楽園は終わりを告げたのだ。


  周囲の人間たちは、自分の高貴な血筋を信じてくれなかった。

  袁術がそれを証明しようとすればするほど、孫策も側近たちも離れていった。

  世の民衆たちはみな、袁術より袁紹の方が優れていると噂した。


 袁術にとって、母が死んだあとのこの世は悪夢そのものだった。

 下賤の者たちに貶められ、理不尽な暴力でふさわしい地位から引きずり下ろされた。


(どれもこれも、兄貴がいたからだ!!)


 母親の幻影にしがみつきながら、袁術は思う。


(兄貴さえこの世に生まれなければ、おれは袁家の当主になって、末永く皇帝として好きに暮らせたんだ!

 母上はいつも、そう言ってくれた)


 長く、母親に溺愛されて育った袁術にとって、安寧な未来は当たり前のものだった。

 それを崩したのは、他でもない兄の存在だと袁術は信じて疑わなかった。


 だが、幸いここには兄が入って来られない。

 自分を敬い崇めてくれる存在が、兄を拒んで追い返してくれるせいで。


  だから、ここにいれば自分は楽園を取り戻せるはずだ。


 袁術はそう信じて、ひたすら母親に甘えていた。

 ここが本来兄の支配下にある、偽りの楽園だということから目をそらし続けて。



 突然、バーンと派手な音を立てて部屋の扉が開いた。

 その戸口に立つ者の姿を見て、袁術は思わずほおを緩めた。


「孫策……孫策じゃないか!?

 おまえ、わしのもとに戻ってきたのか!」


 袁術は喜んで立ち上がり、孫策の方を向いた。

 生前、孫策は袁術を離れ、敵となっていたにも関わらず。


  袁術は、懐かしい我が家に安心しきっていた。


 この家では、袁術にとって不都合なことは兄以外は何もなかった。

 だから、ここで自分に不都合なことなど起こる訳がないのだ。

 孫策はきっと、考えを改めて自分のもとに戻ってきたのだ。


  悪夢に囚われる瞬間、袁術はちらりと孫策の姿を見た。

  その時、孫策は袁術を助けようと手を差し伸べていたではないか。


「お、おお……孫策、よくぞ戻ってきた!!」


 歓喜に震えながら、袁術はふらふらと孫策に近づいた。


「おまえもようやく、このわしの尊さに気づいたのだな。

 よいぞ、戻ってくるなら今までのことは水に流してやろう!

 おまえの活躍は聞いておる、おまえが……おまえがいれば……!」


 袁術は、仏を見たような顔をしていた。


  無理もない。

  袁術は死ぬ間際、ほとんどの部下に見限られて甥と二人ぼっちだったのだから。


 袁術は、凛々しい笑みを浮かべる孫策の顔を食い入るように見つめてつぶやいた。


「そうだ、おまえのような優秀な将がいれば兄貴や曹操に負けやしなかったんだ。

 曹操を不遜の罪で縛り首にして、兄貴を恥知らずの罪で人豚にしてやれたんだ!」


 孫策の笑みの半分は苦笑だが、袁術はそれに気づく気配もない。

 ただ己の血筋のみを盲信し、『皇帝らしく』孫策を従えた気でいる。


  この男は、どこまで愚かなのだろう。


 見れば、袁術の後ろで肉の塊のような怪物が手を叩いて喜んでいる。


  子が子なら、親も親だ。


 孫策は笑い出しそうになるのをこらえて、袁術にあいさつをした。


「お久しぶりです、袁術殿。

 本日は、袁術殿にぜひお引き合わせしたい方がおりましたので、連れて参りました。

 古い仲でしょう、どうぞお顔を合わせてください」


 それを聞いて、袁術はますます喜んだ。


  この家に尋ねてくる自分と古い仲の者が味方でない訳がない。

  この家では、兄貴以外に悪いことなど起こらないのだから。

  そしてその兄貴は、もうここにいないし、入れないはずだ。


「どれ、顔を見せてもらおうか!」


 うきうきする袁術の前で孫策が後ろの者に入り口を譲る。

 暗い廊下から出てきた者の姿が、赤茶けた光に照らされる。


  それは、血濡れの姿をした鎧武者だった。


 血の汚れの下にある鎧のデザインに気づいたとたん、袁術の顔からさあっと血の気が引いていった。


「ちょ、ちょっと待て、何でここにいるんだよ……?

 入れないんじゃ、なかったのか!?」


 袁術の声が、無様に震えだす。


 袁紹は、後ずさる袁術に向かい、積年の思いをこめて言い放った。


「久しいな、術。

 思えばわしとおまえは、生きている間じゅう憎しみ合いながら、ついに直接まみえることがなかった。

 そろそろ決着をつける頃だと思わぬか、術よ!!」

 ついに袁紹と袁術が対面しました。

 次回、ボス戦です。


 今更ながら、袁紹と孫策という組み合わせは史実でもほとんど運命が交わらない見知らぬレベルの関係です。

 その二人がもし顔を合わせることがあったら…そんな無茶な設定で書き始めましたが、無事に終われそうでよかったです。

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