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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第4章~孫策伯符について
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孫策~憎悪の館にて(1)

 孫策は袁紹が救われない原因を探し出してくれました。

 つまり、その原因である「大切な人に頼れない=頼るだけの自信がない」を克服すれば、袁紹はまだまだ救われる可能性がある訳です。


 しかし、そのためには当然ながら袁紹自身が変わらなければなりません。

 孫策はどのように、袁紹の心を動かしてくれるのでしょうか。

 しばらく、静寂が続いた。

 袁紹も孫策も、そして小鬼も何もしゃべることができなかった。


 袁紹は、孫策の前でうずくまって震えていた。


  自分の腕で自分をひしと抱きしめ、必死で恐怖に耐えている。

  まるで、たった一匹で檻に放り込まれた小動物のように。

  さばかれるのを待つばかりの、まな板の上で口をぱくぱくする魚のように。


 孫策は、袁紹を心の底から哀れに思った。

 袁紹が救われるのを阻んでいたのは、結局のところ袁紹自身だったのだ。


  だが……と孫策は思う。


(袁紹とて、生まれた時からこのような性格ではあるまい。

 袁紹を今のような性格に育てたのは……!!)


 袁紹が己を信じられない性格に育ったきっかけは、間違いなく袁術とその母だ。

 それが全てではないかもしれないが、その二人が原点にいるのは確かだ。


  物心つくまでいじめられていびられて、その果てに魂まで割ってしまって……

  直そうにも、自分に自分を救う力がないとは!!


  あまりに理不尽でかわいそうではないか!!


 孫策はうつ向いたままの裏の袁紹に、そっと手を差し伸べた。


「袁紹殿……共に、袁術を討ちましょう。

 そして、あなたがあなたを信じ、救える心を取り戻しましょう!」


 それを聞くと、袁紹は懐疑に満ちた目で孫策を見上げた。


「私が、私を信じられる……?

 今更、どうやって信じればいいというのだ!?

 私は生前、この猜疑心で多くの者を傷つけた!私の人生は、もうやり直すことはできぬのだぞ!?」


 あくまで信じることを拒絶する袁紹に、孫策は頑として言い切った。


「まだだ、人は意識ある限り、心の持ちようでいくらでも変われる!!」


 孫策は一息ついて、今度は表の袁紹の肩を撫でた。


「袁紹殿、あなたを救えるのは、あなたしかいないのだ。

 あなたが生前人々に慕われたのは、決して身分からではない。

 あなたがあなたの判断で、人々を救うために善政をしいたからではないか!!」


 二人の袁紹の、魂の奥底まで届くように、孫策は全霊の力をこめて声を張り上げた。


「これまで信じられなかったなら、今初めて信じてみればいい!

 あなたは救われるべきだ、そのために人に頼っていいのだ、信じろ袁紹!!!」


 小覇王の叫びが、重たい空気を震わせた。

 びりびりと肌で感じるほどの咆哮は、確かに袁紹の心の岩戸をわずかに開いた。


 裏の袁紹がゆらりと顔を上げ、立ち上がる。


「信じるかどうかは、私が決めることだ。

 だが、袁術を討ち果たすための加勢には感謝する」


 裏の袁紹は相変わらず怨念に染まった表情で、しかし孫策の手を取った。

 孫策はその握手に、確かな手ごたえを感じた。


  袁紹の方から力をこめて、手を握ってくれたから。


 話が決まると、裏の袁紹は赤黒い岩の天井を見上げて言った。


「よし、ではこれから袁術のもとに案内しよう。

 あやつの居場所は分かっている。

 今度こそ、あの悪夢の根源に鉄槌を下してくれる!」


 孫策も、力強くうなずいた。


 そして、小走りに小鬼に駆け寄ると、袁紹には聞こえないくらいの声で何かをささやいた。


「俺は袁術を討ち、地獄に送る手助けをする。

 おまえはそれについて……これこれこういう証明を用意してくれないか?」


「なるほど……けど、こっちも条件はつけさせてもらいまっせ」


 小鬼と袁術が何を話しているのか、袁紹はあえて聞かないことにした。


  話の内容は気になるが、今はそれを気にしている場合ではない。

  孫策が袁術討伐に力を貸してくれる、今はそれで十分だった。

  それに……あれだけ理想を唱えられる孫策ならば、もしかしたら……。


 袁紹は、図らずも孫策を信じかけている自分に気が付いた。

 同時に、あんな青臭いことを堂々と言ってのける孫策をうらやましく思った。


(だが、結果はまだ分からぬ。

 人は裏切るものなのだから……)


 あれだけ言われてもまだ、自分は孫策を信じきれない。

 それでも孫策が目の前で証明して見せてくれたら、少しは変わるのではないかと思う。


(まあいい、全ては袁術を始末した後で決めればよいのだ)


 今は結論を先送りして、二人の袁紹は意志を重ねた。

 さっきまで廃村の家につながっていた扉の先を、あの忌まわしい館につなげる。


  自分が袁術と過ごした、最初の地獄の日々があったあの家に……。



 袁術は、子猫のように甘えていた。

 玉のように肥満した、かろうじて女の痕跡をとどめた肉に顔をすり寄せていた。


  しわが寄り、たるんだ指が袁術のほおを撫でる。


「あ、ああ……母上ぇ……」


 袁術は、赤子のように安らかな顔をしていた。

 大人になってからずっと安らげなかった袁術にとって、ここは理想郷に等しかった。


  この家にいた時は、全てが袁術の思うままだった。

  豪奢な調度品と装飾で埋め尽くされ、自分を誰よりも大事にしてくれる母がいて。

  何より、あの『袁家の恥さらし』に味方する者が誰もいなかった!


 袁術は、この場所がどこよりも気に入っていた。

 たとえこれが兄の悪夢の産物でも、この居心地のよさには抗えなかった。


  もう、二度とここから出ていきたくない……。


 そこは袁術にとって安住の地であると同時に、二度と出られぬ罠でもあった。

 『袁家の恥さらし』に味方する誰かが、ここに侵入した今となっては……。



 階段を上りきると、そこには廃村に入った時と同じ白い霧が流れていた。


  不透明ではあるが、ぼんやりと明るい視界。

  冷たく湿った霧がさらさらと流れている。


 よく目をこらしてみると、そこが立派な塀に囲まれた館であると分かった。


「ここの裏に、弟がいる。

 ここからは、わし自身の恐れとの戦いになるか……」


 低い唸り声の響く霧の中を見据えて、裏の袁紹はつぶやいた。

 隣にいる孫策も、ごくりと唾を飲んだ。


  表の袁紹は連れてきていない。

  せっかく罠に沈んだ袁術を、二度と逃がさないために。


 万が一裏の袁紹と孫策が敗れたとしても、表の袁紹が健在なら悪夢の世界は保たれる。

 袁紹も孫策も死人なのだから、袁術が逃げさえしなければ何度倒れても復活してじわじわと追い詰めることができるだろう。


  今度は劉備の時のようにはいかない……。


 久しぶりの確かな希望を胸に、袁紹は霧の中に踏み出した。

 袁術が逃げ込んだのは、公孫瓚の時と同じ憎悪の館です。

 袁紹は今度は負けないように、万全の態勢で袁術に挑みます。


 そして、公孫瓚編では正しく訳されなかったこの館にこめられた悪夢も、この章で解読していきます。

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