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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第4章~孫策伯符について
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孫策~金網の部屋にて(2)

 袁紹は孫策の自信に満ちた物言いに不快感を覚えます。

 それは、袁紹自身に自信がないことの裏返しでもあります。


 会話シーンが長いですが、今回は孫策とのやりとりで袁紹が大切なことに気づかされます。これからのシナリオ進行に関わる重大なシーンですので、これまでの流れを思い出しながらお読みください。

 バシッと鈍い音が響き、孫策は床に転がった。

 あっけにとられた孫策が顔を上げると、目の前で裏の袁紹が怒りに息を荒らげていた。


「貴様、自分勝手もほどほどにしておけ!

 貴様は己の罪で、死して後も臣下に重荷を負わせる気か!?」


 孫策は、袁紹の言う事を一応理解した。

 なるほど確かに、生前の主従関係で押し通すのは悪いことだろう。


  君主として臣下の意志も聞かずに命じるのは、悪いことだろう。


 だが、自分がやろうとしているのはそういうことではない。


「袁紹殿、それは私も悪いことと思っております。

 しかし、私と二人の関係はそのような無機質なものではありません。

 私とあの二人は比類なき心の絆で結ばれた友、それに私はこれに協力するかどうかあの二人自身に選ばせるつもりです。決して強制などではありません」


 それを聞くと、裏の袁紹は冷ややかな目で孫策を見下ろして言った。


「ならば、なぜおまえはその二人が協力すると確信できる?

 自分に何も利がないのに、なぜその二人は協力すると言い切れる?」


「言ったでしょう、親友だからです。

 私が二人への疑心を抱いたことがないように、二人も私への信義を違えることはないと信じています」


 とたんに、裏の袁紹の目にひどい侮蔑が浮かんだ。

 そして、まるで子供を叱りつけるように孫策を怒鳴りつけた。


「友だと、信義だと!?何を子供じみたことを言っている!!

 それはおまえが上からしか物を見ないせいでそういうことを言えるのだ。

 おまえはまだ若い、それゆえ人がいかに醜い生き物かを知らぬのだ。人は本来己を守るためにしか動かぬ、大人になれ孫策」


 孫策は思わず殴り返しそうになったが、どうにかそれを押しとどめた。

 袁紹の物言いは癪に障るが、自分が若輩者なのは事実だ。


  考えてみれば、袁紹は孫策の父孫堅と同じくらいの歳だ。

  長く生きていればそれだけでも不快な体験は多くなる。

  それに……。


 裏の袁紹が黙ると、静寂の中にしくしくとすすり泣く声が聞こえる。

 表の袁紹が、うずくまったまま泣いているのだ。


「私は、名門袁家の長……そうしなければいけないと父上も母上も部下もみんな言ったから。そうしないと生きさせてもらえなかったから。

 皆私の威光に惹かれて、私に従い尽くしてくれた……そうすれば自分が安泰だから」


 孫策の視線に気づくと、表の袁紹は涙に濡れた目で請うような視線を送った。


「分かるか、世の信義や友情などは皆、保身に裏打ちされているのだ。

 死によってようやく解き放たれた他人に、おまえはさらにそれを押し付けるのか?

 もう嫌だ、私は楽になりたい、楽になっていい、楽になればいい……」


 その瞬間、孫策は袁紹の思考を理解した。


  思えば、袁紹は幼い頃から袁術と継母にいじめ抜かれていたじゃないか。

  本来、幼い子供にとって最も信じられるはずの親兄弟によって。


 だから袁紹は、無条件に与えられるはずだった愛情や優しさを理解できない。

 それが元で、あんなに猜疑心が強いのだろう。


  それほど豊かでなくても愛情で固くつながっていた孫家とは、ほぼ真逆だ。


 裏の袁紹が孫策の耳元に口を寄せ、ぼそりとささやく。


「孫策、おまえは己を信じすぎだ。

 もう少し謙虚になったらどうなのだ?」


 袁紹の耳が、必然的に孫策の口に近づく。

 孫策は意を決して、袁紹の耳元でささやき返した。


「袁紹、おまえは己を疑いすぎだ。

 もう少し自信を持ったらどうなのだ?」


 その瞬間、耳元で裏の袁紹がひゅっと息をつめる音がした。



 出会った瞬間から、孫策は袁紹の眼差しにひどい劣等感のようなものを感じていた。


  孫策に正体を見破られた時、袁紹は己を犠牲にして孫策を殺そうとした。

  大人の姿になってからも、表面はきれいに取り繕いながら視線は宙を泳いでいた。

  まるで、自分が間違ったことをしていると分かっているかのように。


 いや、おそらく袁紹は物心ついてから自分が正しいと心から思ったことがないのではないか。

 だから周囲のいいなりになってしまうし、臣下がどれほど忠節を示そうとも信じることができない。


  自分が違和感や忠節を感じる、素直な感覚そのものを信じていないから。


「袁紹殿、あなたが救われない理由がよく分かりました。

 あなたは、そもそも自分の最も信じるべき、大切な人に助けを求めていないのでは?」


 孫策は袁紹の目をしかと見据え、はっきりと言葉を紡いだ。

 それを聞いたとたん、袁紹の顔に動揺が広がる。

 この機を逃してはなるまいと、孫策は続ける。


「あなたはこれまでも他の人間に助けを求め、そのたびに期待を裏切られたと聞いた。

 しかし、あなたが助けを求めた人物は……劉備と袁譚、それに公孫瓚ですと?

 その中に、あなたを本当に助けてくれそうな忠臣や、古くから付き合い気心の知れた友人がいないのはなぜでしょうな?」


 意地悪く聞いてやると、裏の袁紹はびくりと身をこばわらせた。


「そ、それは……!」


「あなたは、自分を本当に救ってくれそうな人物をむしろ避けてはいまいか?

 関係が薄く、それほど大切でもない人物ばかりを頼っている……私には、そう見えるのだが」


 暗く蒸し暑い部屋に、孫策の凛とした声がひときわ大きく響く。

 その声には、一点の迷いも感じられない。


 その尋問に耐えかねたのか、表の袁紹が涙声のまま答え始めた。


「私に優しくしてくれた者たちをこの悪夢に引き込み、その命を危険に晒せと?

 そのようなこと、できる訳がなかろう!」


 孫策の予想通りの答えだった。


「私に……こんな私に、生前優しかった者はたくさんいた。

 だが、なぜ死して後も彼らを縛らねばならぬのだ?

 袁家当主の私は死んだ、彼らはもう私の為に命を張る必要などないのだ!」


 聞けば聞くほど、痛々しい答えだ。


  つまり袁紹は心の底で、自分には袁家の当主以外の価値がないと思っている。

  だからそれを失った今、大切な人に助けを求めるための拠り所がない。

  生前優しくしてもらったからこそ、これ以上迷惑をかけられないと言っているのだ。


 孫策は、静かに首を横に振った。


「だめだ……だからあなたは救われないのだ。

 己を信じ、己を愛してくれた者を信じ頼る心がなければ、己を救える訳がない」


 孫策がそう言ってやると、裏の袁紹はがくりとその場に崩れ落ちた。


  袁紹がいくら救いを渇望しようと、どうしても救いを得られない……

  その理由がそこにあった。

 孫策は袁紹との会話の中から、袁紹が救われない原因を探し出してしまいました。それはずばり、袁紹が己を信じられず、本当に助けてくれそうな人を頼れなかったことです。


 これまでに袁紹が悪夢に招いた人選に疑問を覚えた方は、勘がいいです。

「あの人選であきらめるとか早っ!」と思えた方は、軍師級です。

 袁紹とほぼ真逆の性格を持つ孫策は、多少無茶をしてはいるものの袁紹の最大の弱点を発見し、道を示してくれるのでした。

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