孫策~金網の部屋にて(1)
孫策は己の罪を小鬼に話し、冥界への道を尋ねます。
しかし、一度拒絶された者がそう簡単に冥界に行ける訳がありません。
世の中、一度レールから外れると戻るためには大変な手続きと代償が伴うものです。
それでも戻るかと聞かれた時、あなたならどう答えますか?
孫策の話を聞いている間、袁紹と小鬼は一言もしゃべらなかった。
いや、しゃべれなかった。
三人の顔は青ざめ、額には汗が浮かんでいた。
「お分かりいただけたかな?」
孫策が話し終えてそう聞くと、袁紹は無言のままうなずいた。
だが、言葉は出てこなかった。
袁紹の心を支配しているのは、恐怖だ。
話を聞く前と後では、孫策がまるで別の人物に思えた。
さっきまでは話が分かると思っていたのに、今は全く得体が知れない。
孫策の行動原理が分からない。
孫策がなぜそこまで自分を信じられるかが分からない。
なぜ家族の信頼の為にそこまで意地を張れるのか、まるで分からない。
表も裏も黙ってしまった袁紹を横目に、小鬼がおそるおそる口を開いた。
「そうか、そら盛大にやらかしてしもたな。
そこまで土地神さん怒らせたら、一人で正面から行っても相手にしてくれへんやろ」
小鬼の言葉に、孫策は神妙な顔でうなずいた。
「ああ、おまえの言うとおりだ。
さすがに事情を知る者は飲み込みが早いな。
俺には行き場がない、だが俺の知らない道をおまえなら知っているのだろう?」
それを聞くと、小鬼は少し困った顔をした。
孫策はそんな小鬼の顔を覗き込み、不敵な笑みを浮かべて問い詰める。
「今、一人で行っても相手にしてくれぬと言ったな?
ならば、二人以上になれば方法はあるということだな。違うか?」
「あることはあるけど……二人ゆうたかて、袁紹はんとはできへん方法でっせ」
「そうか、ならどういう人物がいればいい?」
小鬼がいくら止めようと不利なことを言っても、孫策は気にすることなく質問を続けていく。
この人外の存在を前にして、恐れる様子など全くない。
孫策の押しの強さにほとほと参ったのか、小鬼はあきらめたようにため息をついた。
「ええか、よく聞きや。
これから話す方法は、確かに成功すれば兄ちゃんも協力者も冥界に行ける。
でも失敗したら、みんなまとめて冥界から拒絶されて、彷徨うことになりまっせ。そうなったら、もう二度とやり直しはきかへん!」
それを聞くと、孫策の表情に少しだけ不安が混じった。
しかしそれを押し返すように、なおも強気で孫策は問う。
「構わん、話せ。
やるかやらないかは、話を聞いてから決めることだ!」
そこまで言われては、小鬼も話さない訳にはいかなかった。
小鬼は自分に罰が当たらないようにと祈りながら、その方法を話し始めた。
小鬼の知っている方法は、本人の人生をよく知っている者が協力者となり、一緒に冥界の法廷を訪れて弁護してもらうことだった。
拒絶された者は一人では冥界に行けないが、冥界に行く資格のある協力者とずっと手をつないで歩けば冥界の門に到達することは可能だ。
ただし、門にたどり着いてもすぐ入れる訳ではない。
拒絶された者は協力者と共に法廷に連れて行かれ、そこで裁判を受けねばならない。
「そこでやな、協力者に兄ちゃんの人生についてええこと並べてもらうんや。
最初に兄ちゃんを拒絶した土地神さんは、兄ちゃんの最期の罪しか見てへん。
協力者に弁護してもろて、さらに協力者の積んだ徳まで加算して、全員分合わせて兄ちゃんの罪を相殺できたら晴れて冥界に入れるんや」
「ほう!」
孫策は嬉しそうに頬を緩めたが、袁紹はそうしなかった。
裏の袁紹は苦虫を噛み潰したような顔で、横から水を差した。
「で、相殺できなかったら、協力者まで今の孫策と同じ目に遭うと?」
袁紹が指摘した残酷な落とし穴に、小鬼はあっさりとうなずいた。
「まあ、そういうことですわ。
……だからボク、この方法は教えたくないんや。
ボクらの仕事は罪人を地獄に送ることで、罪もない人を苦しめることやないねん」
小鬼の言わんとすることは、袁紹にもよく分かった。
つまりこの方法は、罪を犯した自分のために他人に危険を背負ってもらう方法だ。
うまくいけば、他人の徳によって自分が助かる。
うまくいかなければ、自分の罰を他人にも押し付ける結果となる。
罪を犯した本人ではなく、協力者が一方的にリスクを負うことになる。
罪を犯したのはあくまで孫策自身なのに、これではあまりにも不公平だ。
しかし、孫策はわくわくと目を輝かせて計画を練り始めた。
「そうか、俺のことをよく知っており、信頼できる協力者がいればよいのだな!
それなら、確実に協力してくれる者がいる!
あの二人が天寿を全うするまで待って、一緒に行けばよいのだな!!」
孫策の心は、すでにそれを実行することで一杯になっていた。
「そうだ、周瑜なら冥界の裁判官相手でもひけを取るまい。
それに太史慈は信義をたがえぬ男、相手が誰であろうともそれは変わらぬ。
この二人がいれば……!!」
聞いているだけで、袁紹は胸が締め付けられるような苦悶を覚えた。
この男は自分が何をしようとしているのか分かっているのか?
自分の罪のために、生前さんざん世話になった忠臣を生贄に捧げようと……?
表の袁紹は頭を抱えてうずくまり、裏の袁紹の体をざわっと邪気が覆った。
生前どれほど親身に尽くしてくれた臣でも、心の中は分からない。
立場と世論に従って尽くしていただけかもしれないのに。
なぜ生前の縛りが外れた後でさえ彼らを縛りつけようとするのか?
生前、心を許せる臣下を持たなかった袁紹には、とうてい理解できなかった。
かたや、孫策はすでに裁判のことを考えている。
裏の袁紹はぎりっと歯を噛みしめ、つかつかと孫策に歩み寄った。
「いい加減にせよ!!」
次の瞬間、孫策のほおに平手打ちがとんだ。
この回で、孫策の親友の名前が二人出てきました。
周瑜は孫策と「断金」(つまり金を断ち切るほど固い)と言われるほどの友情を結んだ軍師です。太史慈は孫策に降伏したのち敗残兵を集めてくると約束し、見事それを果たした信義の人です。
残念ながら、袁紹の陣営にそこまで親身に慕ってくれた将はいません。
ゆえに、袁紹は孫策の考えが理解できないのです。