袁紹~金網の部屋にて(3)
袁紹は孫策の入れ知恵で、小鬼から本当の目的を聞き出しました。
そして、その代償として孫策と小鬼を引き合わせます。
孫策の目的は、小鬼に会って冥界への道を探すこと。孫策がどのような罪を犯したかも、明らかになっていきます。
暗い階段を下りながら、孫策は先を行く表の袁紹に語りかける。
「小鬼の元へ着いたら、とりあえず俺に話をさせろ。
知恵を与えてやったんだ、それくらいはいいだろう?」
表の袁紹はそれどころではなさそうだったが、一応孫策の方に視線を向けた。
「分かった。
だが、わしはおまえの事情を聞いておらぬ。
今すぐでなくても、いずれは全て話してもらうぞ」
小鬼の真実を明かされた衝撃で、袁紹は孫策にも疑いを持ってしまったようだ。
しかし、孫策は涼しい顔でこう言った。
「何、その小鬼とやらにこいつを見せれば、すぐ明らかになる」
孫策がこれ見よがしに掲げた右腕には、黒い刺青のような印が刻まれていた。
もちろん、今の袁紹にそれが何であるかなど分かるはずがない。
表の袁紹は疑念を胸に沈めたまま、深淵への階段を下りて行った。
金網の部屋で、裏の袁紹は早くも小鬼に尋問を始めていた。
「それで、なぜ私を獄卒として使おうと思った?
地獄には、他人を傷つけるのが得意な人間がごまんといるだろうに」
袁紹にとって分からないのは、なぜ自分が地獄に選ばれたのかということだ。
確かに、詐欺のような手段で国を奪ったり部下を疑って殺してしまったことは間違いなく罪になる。
しかし、袁紹は同時に多くの民に恵みを与えてきたはずだ。
袁紹は善人ともいえないが、極端に悪人でもないはずだ。
それがなぜ、地獄できつい仕事につかねばならないのか?
それに対して、小鬼はこう答えた。
「地獄で罰を受けるのは、生きている間に重い罪を犯した人や。
罰を受ける側の人間を、罰を与える側に回したらあかんねん。
罰を与えるのはあくまで、罰を受ける人間やない誰かがやらんといかんのや」
その理由は、袁紹にも分かる気がした。
小鬼は、額に汗を浮かべてさらに続けた。
「けど、最近人間の争いが多くなって、地獄に落ちる人間が増えてきたんや。
最初から地獄にいた獄卒だけじゃあ、とても手が足りへん!
そやから、地獄に落ちるほど罪を犯してない、けど冥界には行けへんで現世を彷徨っとる人を連れてくるようになったんや」
つまり、袁紹に特に落ち度がある訳ではない。
あくまで、地獄の都合ということだ。
そんな理不尽な思惑に気づかず、いいようにされていた自分に腹が立った。
裏の袁紹はうんざりしたようにため息をついて、苛立ちをぶつけるように小鬼を蹴りつけた。
「ちょ、痛いっ!
その怒りは地獄で罪人にぶつけて……」
「ふん、理由もないのに地獄に連れていかれてたまるか!
連れて行くのは、理由のある者だけにしろ。
例えば、意図せずして人間の範疇にとどまらぬ罪を犯した者とか」
袁紹が提案してみると、小鬼は残念そうに首を振った。
「そんな人、滅多におらへん。
そもそも、それで人数が足りとったら旦那さんみたいな一般人に手は出さへんて」
「ならば、そういう者を一人紹介したら、私を現世に留めてくれるのか?」
それを聞くと、小鬼は驚いたように目を丸くした。
「旦那さん……それ、どういう意味……?」
裏の袁紹が答える前に、表の袁紹と孫策が部屋に入ってきた。
孫策がつかつかと小鬼の前に進み、腕の印をつきつける。
そのとたん、小鬼は仰天して叫んだ。
「ほんまもんやないかー!!!」
目の前で震えあがる小鬼を、孫策は満足の表情で見つめていた。
これを見た瞬間、これだけ驚くということは……。
「やはり、これが何であるか知っているらしいな!」
すなわち、自分の進むべき道を知っている可能性が高い。
二人の袁紹が、心なしか後ずさりながら孫策の方を見る。
そうだ、この男はまだこの印の意味を知らない。
孫策が口を開く前に、小鬼が震える声で説明してくれた。
「あ、あかん、これはほんまに冗談にならへん!
この印……冥界に受け入れられへん人外の罪の印や……。
兄ちゃん、あんた、仙人を殺したんか!!」
孫策は、深くうなずいた。
「そうだ、俺は冥界に拒絶された。
我ながら愚かであったと思う。
目に見えるものだけを信じ、自分に感じられぬものを全てまやかしと否定した結果がこれだ」
孫策の声には、自嘲が混じっていた。
さっきまで友好的だった袁紹の視線が、恐れに変わっていく。
「仙人殺しだと……孫策よ、おまえは一体何を……?」
まるで何か異質なモノを見るような顔をした袁紹に、孫策は平静な声で答えた。
「別に、はなから悪意があった訳ではない。
俺はただ、訳の分からぬいんちき老人から国を守ろうとしただけだ」
そう、自分は悪いことをしようとした訳ではない。
ただ、人間を超えたところにある理を理解しようとしなかっただけだ。
国と民を守るのが君主の役目だから。
その老人が人々の信心を集めるのが、国の害になると思ったから。
その老人が持つという奇跡の力などというものが、実在すると思わなかったから。
その老人が本物の仙人であったことは、死んでから初めて知った。
死後の世界があることも、亡霊や祟りの類が本当にあることも、全て……。
だから、生前の自分にそれほど罪があるとは思わない。
そのうえでこんな拷問のような日々を突き付けられたことが、孫策には納得できなかった。
「そう、俺は何も知らなかっただけだ。
なのに、殺したのが仙人だというだけで冥界に行けぬのは納得できぬ。
そこの小鬼、おまえは地獄の裏の仕事をしているのならば、冥界への裏道も知っているのではないか?」
孫策が問うと、小鬼はびくりと肩をすくめた。
「そ、そりゃ、あることはあるけど……。
でも、その前に兄さんの事情を聞かせてもらわんことには……」
「あるのだな、それはありがたい!
その道を教えてもらうためなら、俺のしたことなどいくらでも話すさ」
孫策は小鬼の前に腰を下ろすと、己の身に起こったことをとうとうと語り始めた。
孫策が冥界に行けなかったのは、「仙人殺し」の罪で冥界に拒絶されてしまったためでした。
しかし、孫策はその判決を不当とし、自ら冥界への道を探し求めています。
罪悪感と劣等感に押しつぶされ、自ら目的を放り投げてしまった袁紹とは真逆の道を、孫策は歩みます。
何が孫策にそうさせるのでしょうか?そして、袁紹はそれを見てどう思うのでしょうか?