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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第4章~孫策伯符について
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孫策~霧の廃村にて(3)

 孫策は目の前の少年がただの幽霊でないことを見抜き、力ずくでも情報を得ようとします。

 しかし、少年…袁紹の方も黙ってやられる気はありません。


 お互いを知らない二人の、戦いが始まります。

「な、何するの……?」


 震えた声で尋ねる少年に、孫策は容赦なく凄んでみせた。


「それはな、こっちのセリフだ。

 貴様、ただの死者ではないだろう!?

 袁術を捕らえ、何をするつもりだった?さあ、答えろ!!」


 その言葉を聞いたとたん、少年の表情が変わった。

 ぎりっと目を吊り上げ、敵意と憎悪を露わにして孫策をにらみつける。


「おのれ……!!」


 それはもう、少年の眼光ではなかった。

 この憎しみは、少年の歳で生じるような生易しいものではない。


  その目には、まるで何十年も積み重なったような深く厚い負の感情がにじみ出ていた。


 少年は無言のまま、目をそらして霧の中を見つめた。

 それに応えるように、霧の中から唸り声が響く。

 少し遅れて、いくつもの黒い影が姿を現す。


  それは、先ほどから何度も見てきた怪物だった。

  しかし、さっきよりずっと数が多い。

  敵意も感じる。


「これが、おまえの本性という訳か」


 孫策は少年の首を片腕でしっかりとつかみ、利き腕一本で剣を構えた。

 さすがに、片手でこれだけの数を相手にするのはきついかもしれない。

 だが、この少年の姿をした魔物を逃がす訳にもいかない。


  それに、孫策は知っている。

  死人は、傷ついても死ぬことはないし時間が経てば体は再生する。


  どのようにしてそれを知ったか、思い出すのは癪に障るが……。


 とにかく、失敗したらやり直せばいい。

 それくらいの気持ちで挑めばいいのだ。


  生きている時より、ある意味気が楽だ。


「来い!」


 孫策の挑発と同時に、狂犬もどきが一斉に地面を蹴る。

 孫策は素早く横に身を引き、すれ違いざまに剣を薙いで一体の足を切り落とす。


 前足を失ってつんのめるそいつには目もくれず、着地して動きが止まった別の一体の首を落とす。

 背後から這い寄る飢えた人型を踏みつけ、上から剣を突き刺す。

 その剣を抜きながら上体を反らすと、目の前を狂犬もどきの爪がかすめていった。


(これだ、俺の求めていた戦い!!)


 ぞくりとする感覚に煽られて、孫策はさらに闘争心を増す。

 思うより先に、怪物の攻撃に合わせて体が動く。


  孫策は、戦いが好きなのだ。


 かわるがわる噛みつこうとする飢えた人型に、猛然と突進して深く斬りつける。

 その瞬間、孫策の体は大きく伸びて柔軟性を失う。

 それを待っていたかのように、少年が渾身の力で孫策の腕に噛みついた。


「うおっ!?」


 突然の痛みに、孫策は攻撃できずに地面に転がる。

 すぐに寝返りを打って怪物の歯を避けたが、その拍子に少年はするりと腕から抜け出た。


「あっ待て!」


 孫策は慌てて声をかけたが、その必要はなかった。

 少年の足は、すぐに怪物たちによって阻まれたからだ。


  飢えた人型が、少年に組み付いて押し倒す。


「うあっ!?」


 抗いきれずに転んだ少年の腕に、小さな口が吸いつく。

 丸く生えそろった歯が、少年の肉をこそげとる。

 できた傷は浅いが、少年のきれいな腕から血がほとばしった。


  孫策は、目を丸くしてその光景を見ていた。


(どういうことだ?

 あの怪物どもは、あれの仲間じゃないのか?)


 少年は必死でもがいて怪物を振り払うと、一瞬走り出そうとして、また立ち止まった。

 振り返った少年の目を見て、孫策はぎくりとした。

 その目には、歳に不相応な悲壮な決意が宿っていた。


「……いや、構わぬ。

 いっそ私ごとこの男を殺せ!」


 少年は覚悟を決めた目をして、怪物の前に身をさらした。


「ああっ!!」


 慌てたのは、孫策の方だ。

 この少年が殺されれば、自分は手がかりを失ってしまう。

 孫策は、すぐさま少年を助けに走った。


  無抵抗な少年に群がる怪物たちを、片っ端から薙ぎつける。

  自分が傷ついても構わず、痛みも忘れて怪物を葬り去っていく。


 狂犬もどきの爪に引っかかれて、孫策の腕に巻かれていた包帯が破れた。


  その下の肌には、黒い印が刻まれていた。


「この野郎!!」


 この印を晒されることは、今の孫策にとってとてつもない屈辱だ。

 自分がなぜこのような身の上になったのか、その現実を思い出させるから。


 孫策は怒りのままに、周囲にいた怪物を斬りまくった。

 そして怪物がいなくなった時、少年もまた霧の彼方に逃げ去っていた。

 しかし地面には、少年が流した血の跡が点々と続いていた。



 孫策はとりあえず気を取り直して、その血の跡を辿った。

 とにかくあの少年に会って何か情報を得なければ……それだけが、頭の中を占めていた。


  露わになった腕の印が、孫策にそうしろとせかす。


 幸い、この辺り一帯の怪物がさっきの場所に集まったせいか、襲ってくる怪物はいなかった。

 ぽたぽたと続く血の跡は、一軒の廃屋の中に続いていた。


「ここにいるのか……隠れてないで、出てこい!」


 孫策はそう言って廃屋に入ったが、少年は逃げも隠れもしていなかった。

 家の戸口の近く、水瓶の側に立ってこちらをにらみつけている。


「おい……」


 孫策が声をかけると、少年はそれを遮って叫んだ。


「黙れ、貴様に教えることなど、何もない!」


 少年は痛々しく血に濡れた手を、側にあった水瓶にかけた。


「袁術の味方に、やるものなどあるものか!

 貴様らが得るのは血の水だけだ!!」


 憎しみのこもった言葉とともに、少年は勢いよく水瓶を転がした。

 水瓶から、大量の液体があふれ出す。


  あふれてきたのは、水ではなくおびただしい血だった。


 驚いている孫策の前で、無尽蔵にあふれる血が地面を染めていく。

 その穢れが全てを覆い尽くした時、世界は現世の面影すらないほどの悪夢に沈んでいた。

 袁紹は孫策を袁術の味方と勘違いして、裏世界に引きずりこみます。


 水瓶を倒すシーンは、三国志演義の袁術の最期がモチーフになっています。

 袁術が農夫に水を求めたところ、農夫は水瓶を倒して水をこぼし、「水などない、あるのは血だけだ」という場面があります。それによって袁術は自分の味方は誰もいないことを思い知り、その場で血を吐いて死んでしまうのでした。

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