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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第4章~孫策伯符について
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孫策~霧の廃村にて(2)

 訳の分からない霧の世界でも、孫策は冷静に手がかりを求めます。

 そもそも、孫策はこれまでの三人と異なり、巻き込まれたのではなく自ら霧に飛び込んだのです。最初から、気合が違います。


 そんな孫策が最初に見つけた手がかりは、一体何だったのでしょうか。

 廃屋の裏には、怪物がたむろしていた。

 先ほどの人型と狂犬もどきがかまどを囲んで唸っている。


(あのかまどの中に、何かあるのか?)


 孫策が近づいても、怪物たちは気づかないようだった。


「後ろがお留守だぞ!」


 孫策はためらわずに背後から斬りつけ、最初の二匹ほどは速攻で倒す。

 慌てて振り向いた他の怪物も、孫策の体に傷をつけることなどできやしない。

 てんでばらばらに襲い掛かって、返り討ちにされるだけだ。


「ほら、もうおしまいだ」


 久しぶりにかいた爽やかな汗を拭って、孫策はかまどに目を向けた。


  それは、何の変哲もない古びたかまどだ。

  本当にどこにでもある、民が食料を煮炊きするのに使うかまどだ。

  不審な点といえば、ふたが閉まっていて中から何かの気配を感じるくらいか。


「どれ、中には何があるのだ?」


 孫策は恐れることなく、かまどのふたを開いた。

 中をのぞきこむと、一対の目が孫策を見つめた。


  妙に敵意のない、怪物とは違う視線だ。


 孫策が静かに見守っていると、それは恐る恐るかまどの中から這い出してきた。

 小さくて、きれいな手が差し出される。


「ほう!」


 孫策は、少し驚いた声を上げた。


  出てきたのは、まだ10歳くらいの少年だった。


 だが、孫策が驚いたのはそこではなかった。


  この少年は、地味ながらも質のいい着物をまとっていた。

  髪はきちんと結いそろえられ、顔も手もほとんど汚れていない。


  明らかに……。


 しかし、とりあえず孫策はその少年を保護することにした。

 怯えた目をして見つめる少年に、孫策は優しく声をかける。


「もう大丈夫だぞ、この辺りの怪物はあらかた始末した。

 ところで、おまえは何をしているんだ?」


 孫策が尋ねると、少年は肩を縮めて答えた。


「何って……変な生き物から逃げてたの。

 霧が出て、突然あんなのが襲ってきて……ねえお侍さん、助けて!」


 少年の声は、かすかに震えていた。

 目元は泣きはらしたように少し赤く染まり、肌は氷のように冷たい。


  肌が冷たいのは、死人だからなのだろうが。


 少年はどうにか息を整えながら、孫策を上目づかいに見上げた。

 普通の人間なら、本能的に庇護欲をかきたてられるしぐさだ。

 孫策もそれに倣い、少年の手をそっと握った。


「大丈夫だ、おれが守ってやる。

 もっとも、安全な場所はおれにも分からんがな」


 それを聞くと、少年は嬉しそうに孫策にしがみついた。


「あ、ありがとう……!

 僕も、一生懸命出口を探すから……よろしく、お願いします」


 それは、とても農民の子とは思えないきれいな言葉だった。

 孫策は少年に背を向けると、思わず不敵な笑みを浮かべた。


(おもしろい、どう出てくるかな……?)


 この子がこの村の幽霊でないことは、すでに分かっている。


  こんなさびれた廃村に、こんな上品な子がいるものか。

  上品な言葉、上品な服、あの廃屋の文字もこいつが書いたのだろうか。

  全ては、この荒みきった村の雰囲気からかけ離れている。


 つまり、こいつはどこか別の場所からやって来た者だ。


 それに孫策の経験上、普通の死者は死んだ場所からあまり離れることができない。

 死んですぐ冥界への道を辿るか、地縛霊としてその場にとどまるかだ。

 こいつは、そのどちらでもない。


(さて、まずは出方を見るとするか!)


 久しぶりの駆け引きに心を躍らせながら、孫策は少年を連れて歩き出した。



 しばらくの間、孫策は少年を守って歩き続けた。

 時折怪物が現れては、襲い掛かってくる。

 そのたびに、孫策は見事な武術で怪物たちを返り討ちにした。


(ふん、どうやらすぐ殺す気ではないようだな)


 怪物たちは、二、三匹で小手調べのように襲い掛かってくる。

 力を測ろうとするにもレベルが低すぎるし、そもそもあまり敵意が感じられない。

 むしろ、孫策が少年から離れないようにしている感すらある。


 一度少年を置いて近くを探索しようとしたら、少年がこつ然と現れた怪物に囲まれてしまった。


  やはり、怪物よりも少年の方が本命のようだ。


 少年はただ怖がって逃げているように見えて、孫策をどこかに連れ込もうとしている。

 霧で方向感覚が狂ってしまうため分かりづらいが、確実に一方向に逃げて、孫策について来るよう仕向けている。


 それでも、孫策はあえて少年の好きなようにさせた。


「あまり離れるんじゃないぞ!」


 わざと少年の意図に沿うような言葉すらかけて、孫策は霧の中を進む。


 霧の中に家の影が見えなくなり、木々の影ばかりになる。

 襲ってくる怪物が少なくなる。

 空気の冷たさが和らぎ、悪寒が引いていく。


  まるで、悪夢の震源地から離れていくように。


 村からだいぶ離れた森の中までくると、少年はふいに立ち止まった。

 その先に視線をやって、孫策は思わず目を見開いた。


「おお、この光は……!」


 霧の向こうから、温かい光が差し込んでいる。

 この霧に巻かれる前に感じていた、太陽の光だ。


 孫策は、苦笑した。


(お呼びでない、と……そういうことか!)


 よく見れば、霧が不自然に流れている。

 まるでそこに見えない壁があるように、霧が阻まれてその先に流れていかない場所がある。


  おそらく、少年の言っていた『出口』なのだろう。


 霧の主は、孫策に出て行けと言っているのだ。

 スリルに満ちた駆け引きを想像していた孫策は、拍子抜けしてしまった。


「ほら、お侍さん、向こうが明るいよ!」


 少年は明るくはしゃいで、孫策を見えない壁の向こうへと誘う。

 そのくせ、自分は決して先に行こうとはしない。

 そんなに自分と別れたいのかと、孫策はため息をついた。


「……こんな子供に、乱暴はしたくなかったんだがな……」


 孫策は静かにつぶやくと、にこにこと笑いながら少年に歩み寄った。


「よしよし、いい子だからな……ちょっと俺の質問に、答えてもらおうか!!」


 いきなり不敵な笑みを露わにした孫策に、少年の顔色が変わった。

 しかし、少年が身を翻すより、孫策の手が少年を捕らえる方が早かった。


 次の瞬間には、少年は孫策にがっちりと掴まれ、細い首に剣を突き付けられていた。

 言うまでもなく、この少年は袁紹です。

 孫策を穏便に追い出そうとしましたが、あっという間に見破られて失敗してしまいました。


 袁紹は様々な場所に異界を生み出すことができますが、少年になった時の姿は変えられません。当然、場所と格好が合わない状況が生じてしまう訳です。

 今回の教訓:人を騙そうとする時はTPOに合わせた格好をしましょう。

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