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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第4章~孫策伯符について
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孫策~霧の廃村にて(1)

 話は再び孫策に戻り、彼は霧に包まれた廃村を探索します。


 孫策は袁紹と異なり、自分が冥界に行くために何をすればいいのかを知りません。袁術とも異なり、未練のあまり死を理解できずに彷徨っている訳でもありません。

 孫策はなぜこのような状態になったのか、それも気にしつつ読んでみてください。

 孫策はしばらく、霧の中を歩いていた。


 そこは見たところ、先ほどの廃村と同じ場所のように思えた。

 霧がふっと薄くなった瞬間に見える建物の影、木々のざわめき……しかし、それでも先ほどの場所とは違うのだと孫策は薄々感じていた。


  ここの空気は、異常に冷たい。

  肌の感覚としてではなく、心を冷やされるような不安を覚える。

  まるでこの世界全体が、自分を歓迎していないかのように。


 それを示すような存在が、孫策の前に現れた。


 霧の中から静かに、音もなく現れたそれは、明らかに現世の存在ではなかった。


  骨と皮ばかりに痩せこけた体。

  腕は委縮して短い棒のようになり、足も貧弱で立っているのがやっとのようだ。

  そのうえ、青白い肌には黒ずんだ血管が透けて、顔のパーツは痕跡でしかない。


 人のようで人でないそれは、孫策の姿を見るとすがるように寄ってきた。

 丸い穴に歯が生えたような口を開けて、肉をそぎ取ろうとする。


「おっと危ないな!」


 余裕の所作で攻撃を避けて、孫策は今一度その怪物を見つめた。


「ふむ、これは見たことがないな。

 しかし……これに似たような人間なら知っている」


 思い出したのは、袁術の下にいた頃のことだ。

 その頃、袁術の暴政のせいでこの村には餓死者が出ていた。


  痩せこけてまともに歩くこともできなくなり、血色を失った村人たち。

  理性に代わって生きるための本能が支配し、食べられそうなものなら何でも口に入れた。

  目は落ちくぼみ、口はすぼんで人の面影すらも失いかけていた。


 これは、その時死んだ村人たちの亡霊なのだろうか。


「だが、あいにく俺は食べ物じゃない。

 腹を満たす代わりに、せめて楽にしてやる!」


 孫策はぎらりと剣を抜いた。

 言葉が通じるならばいろいろと聞きたいことはあったが、どうも話はできそうにない。

 ならば、その未練ごと断ち切るまでだ。


 勢いよく噛みつこうとする怪物を、すれすれのところで避ける。

 そうすると、怪物は自分を支えきれずに派手に倒れる。


  地面に一文字になった怪物の首を、孫策の剣が薙いだ。


「これでもう、飢えることはあるまい。

 今度こそ、きちんと冥界に行くのだぞ」


 きちんと冥界に行けなかった自分に言えた義理ではないが……。

 孫策は静かに自嘲した。


 そして何事もなかったようにまた歩き出そうとして、ふと足を止めた。


  霧の中から、さっきと同じような怪物がまた現れた。

  しかも、三体も。


「……やれやれ、こやつらも片づけるか」


 孫策は再び剣を構えたが、怪物は襲ってこなかった。

 孫策には見向きもせず、今しがたやられた仲間の亡骸に群がる。


「んん?」


 興味を引かれてのぞきこんだ孫策は、あっと息を飲んだ。


  怪物たちは、同朋の血肉をすすっていた。

  小さな口で地面に流れた血をすすり、鋭い歯でわずかな肉をこそげ取る。


 さすがの孫策も、これには気分が悪くなった。


(共食い、か。

 確かに、そうなっていた村もあったようだが……)


 極限まで飢えると、人は同朋の血肉を口にすることがある。

 特に、民から取り上げることしか知らない袁術の支配下では……実際に見たことはなくても、噂には聞いたことがあった。

 孫策が、袁術のもとを去ってからの話ではあるが。


  弱者と弱者が争うように仕向けて、自分は涼しい顔をしている。

  袁術のよくやる手法だ。


(この怪異は、袁術に関係がある?)


 みじめに共食いする怪物たちを見ながら、孫策は直感的に思った。


  ただし、袁術が主体かどうかは分からない。

  袁術はこの霧に襲われる側だったはずだ。

  だとすると、袁術を襲った方の意志なのか。


「これは、探り甲斐がありそうだな!」


 哀れな怪物たちを手早く始末して、孫策は霧の中をにらみつけた。

 その目には、ようやくありつけた刺激への欲求がありありとにじみ出ていた。



 とはいえ、そう簡単に手がかりは見つからなかった。

 霧に包まれた村の中、怪物の呻り声ばかりが響いている。


 途中、さっきの人型とは違う犬のような怪物を見かけたが、特に手がかりにはなりそうにない。

 人型の怪物と違って、共食いせずにこちらを狙ってくる分厄介ではあるが。


  眼窩から伸びた有刺鉄線に体中を巻かれた姿……

  それもまた、逃げられない拘束された弱者を思わせた。

  この霧の主は、一体何を伝えたいのだろう?


 少し疲れたので休もうと廃屋に入ると、崩れかけた壁に書かれた文字が目に入った。


『私が煩わしいなら、あなたがいなくなればいい。

 そうすれば、全て解決するのだから』


 孫策は首をかしげた。


  言葉だけ見れば、民の恨み言と思えなくもない。

  弱者同士で、食料でも巡って争ったのだろうか?


 しかし、その文字は民が書いたにしてはあまりに流麗で美しかった。

 これは明らかに、民の亡霊ではない気がする。


(これは、手がかりになるかもしれぬな!)


 不敵な笑みを浮かべる孫策の耳に、不審な物音が届いた。

 この霧に包まれた静寂を破るような、不穏な物音が。


「行くか!」


 孫策は、疲れも忘れて剣を手に立ち上がった。


  霧の主が、仕掛けてきたのかもしれない。

  だったら、応えてやらない手はない。


 新たな期待に胸をふくらませて、孫策は廃屋の裏手に回った。

 今回の悪夢には、また新しい怪物が出てきました。

 これは袁紹ではなく、袁術の影響で現れた怪物です。

 袁紹が袁術にあまりに強い感情を抱いているため、袁術の記憶や感情までが怪物化してしまっているのです。また、袁術も心の内に悪夢を抱えているので、袁術との戦いはお互いの悪夢のぶつけ合いになるでしょう。

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