袁紹~金網の部屋にて
孫策が袁術を追って霧の中に入りました。
しかし、袁紹は劉備のこともあって侵入者に敏感になっています。
孫策は自分が死んだことを理解しており、そのうえ多少の怪異では動じない強い精神の持ち主です。
袁紹はそんな孫策に対し、どう対応するのでしょうか。
「チッ見失ったか!」
霧の中で、孫策は小さく舌打ちした。
霧に巻きこまれてはみたものの、袁術の姿は見つからなかった。
というより、霧が厚くて簡単には見つかりそうにない。
「だが、探し甲斐がある」
それほど失望することなく、孫策は歩き出した。
どうせ、時間なら腐るほどあるのだ。
簡単に解決するよりは、こちらのほうが刺激的だ。
袁術の魂が食われてしまわないか、少し心配ではあるが……。
だが、袁術はしぶとい男だ。
あの悪い意味で神経の太い男が、そう簡単にやられるとは思えない。
「ゆっくり、探し出してやるよ」
それに、袁術には少し痛い目に遭ってもらったほうが気分がいい。
孫策はわくわくしながら、霧をかき分けて進んでいった。
血と膿と錆にまみれた世界で、二人の袁紹は手のひらを合わせて集中していた。
「袁術を捕らえたぞ!」
「よし、やったか!」
袁紹は、汝南で袁術を発見してから、ずっと袁術を追って来ていた。
魂が割れているので、自分は冥界に行けない。
そもそも、袁術とその母が自分をこんな風にしたのだ。
死んでも許せないとは、まさにこのことだ。
名家の当主として生きた表の袁紹は、ずっと心の中で袁術に怯えて生きてきた。
幼い頃の悪夢が分離して生まれた裏の袁紹に至っては、袁術への恨みが凝り固まったようなものだ。
二人の袁紹の目的は、一致していた。
袁術を、地獄に落とす!
自分が救われるために授かった、地獄の力を使って。
そう、袁紹は本来、救われるためにこの力を手にしたのだ。
誰かに自分を救ってもらい、魂を直すために。
しかし、それは容易なことではないと袁紹は思い知らされた。
最初に招いた公孫瓚は、全く話を聞いてくれなかった。
だが、こいつは元から仲が悪かったので特に気にしてはいない。
問題は、あとの二人だ。
長男の袁譚は、自分の犯した罪を全く分かっていなかった。
そのせいで袁紹の悪夢がどれだけ悪化したかも知らず、生前と変わらぬ過ちを犯した。
結局、袁譚は袁紹自身の手で地獄に落とすことになった。
だが、これでもまだましだった。
劉備に至っては、途中救ってくれるような素振りを見せたくせに、結果は最悪だった。
袁紹がどんなに苦しい思いをして真実を明かしても、劉備は信じてくれなかった。
そして、顔良と文醜を葬った刃で自分もから竹割りにされた。
これまでの結果は、全て散々なものだ。
そのせいで、袁紹は救ってもらうという当初の目標をあきらめつつあった。
その代わりに見つけた新たな目標が、袁術への復讐だった。
「全く、奴ほど地獄にふさわしい男もそうはおるまい」
袁紹は、汝南で袁術を見つけた時から地獄に落とす気満々だった。
それができなかったのは、劉備の邪魔が入ったせいだ。
だから今回も、袁術以外にもう一人侵入してきた者が気にかかっていた。
この侵入者は、自分の敵なのか味方なのか?
「後は袁術を縛り上げて、適当に楽しんで地獄に落とすだけ……と、いきたいところだがそうもいかぬか。
私のどちらか片方は、もう一人の相手をせねばなるまい」
表の袁紹は、悔しそうにため息をついた。
「仕方ない、私があの侵入者を出口まで誘導しよう。
本初は、術の方を頼む」
「うむ、分かった」
字で呼ばれた裏の袁紹も、歯がゆい表情でうなずく。
怪物を制御できない表の袁紹一人では、袁術を捕らえるのは難しい。
ここは裏の袁紹が袁術を追い、表の袁紹は侵入者を追い出すことに徹するべきだろう。
劉備の時と同じ轍を踏むことだけは避けたかった。
「では、私は侵入者のもとへ」
「私は術のもとへ」
二人の袁紹は、互いの成功を祈りつつ闇の中に姿を消した。
二人の気配が消えた金網の部屋には、地獄から来た小鬼だけがぽつんと残されていた。
「旦那さん、力を使うのうまくなってきたなあ……」
金網の下から吹き上がる故郷の風を感じながら、小鬼は一人つぶやいた。
「これだけ上達してきたら、技術面は申し分ないな。
後は、旦那さんの心の問題やけど……。
あんな人材は滅多におらへん、きっと地獄について来てもらいまっせ~」
小鬼の不気味な笑みは闇に溶けて、誰にも届くことはなかった。
今回の話では、袁紹に力を貸している小鬼の目的についても語られます。
小鬼はなぜ袁紹に力を貸したのか、なぜ地獄に引き込もうとするのか、その辺りが明らかになっていきますのでご期待ください。