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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第4章~孫策伯符について
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孫策~寿春の廃村にて

 袁紹の悪夢は救われることなく、目的すらも失いかけて新章開始です。

 今回は袁紹ではなく袁術に近しい人物、孫策が悪夢に侵入してきます。


 孫策ソンサク伯符ハクフ 生年175年 没年200年

 呉の皇帝となった孫権の兄。父孫堅が没してから一時的に袁術に身を寄せていたが、独立して江東に大勢力を築き上げる。袁術が皇帝を僭称すると、それを非難して袁術の敵となった。

 私の幸せのために、あなたはいてはいけない。

 私が救われるために、あなたはいてはいけない。

 私が救われなくても……あなたはいてはいけない。


  私のいる世界に、あなたはいてはいけない。


 私があなたを拒絶した訳ではなかった。

 それは、逆。


  あなたは初めから、私がいることを許さなかった。


 だが、私は魂を割ってでも生きる道にすがりついた。

 大丈夫、私が消えなくても、解決の方法はあるじゃないか。


  ただ、あなたが、いなくなればいい。




 柔らかい日差しの中、男は一人木陰に佇んでいた。

 心地よい微風が、体を通り抜けていく。


  風が避けていかなくなって、どのくらい経つだろう?


 眼前には、主を失って朽ちた家々が並んでいた。

 男の姿を目に留める者は、誰もいない。


  もっとも、人がいても自分に気づくのはごく一部ではあるが。


「ここでは、何かが見つかるだろうか……」


 小さなため息をついて、男は肩を落とした。


  男は、探していた。

  この冗長で退屈な日々を、終わらせるための手がかりを。


 自分には、行くべき場所も留まるべき場所もなかった。

 やるべきことを聞こうにも、生きた人間のほとんどは自分を感知できない。

 生前厚い友情を結んで共に歩んできた者も、今は全く無力だった。


「周瑜……太史慈……」


 男は、木枯らしのような寂しい声で友の名を呼んだ。


  死んでからしばらくは、もっと激しく呼び続けた。

  しかし、誰も気づいてはくれなかった。

  たった一つの命を落とした自分は、もはや生者の世界に干渉することを許されなかった。


 自分は、死後の世界などというものを信じてはいなかった。

 生きている今、目に見え、感じられるものだけが全てだと思っていた。


  だからあの時、あの老人を……。


 よもや、それが死後の道を閉ざしてしまうなど、夢にも思っていなかった。



 男は、死者の気配も生者の気配もない村を、それでも歩き回ってみることにした。

 とにかく、男には時間が余りすぎていた。


  何もすることがなく、何をしたらよいかも分からない。

  一見楽に見えるようだが、実はとんでもない苦痛だ。

  特に、他者と交わることができない一人ぼっちの死者にとっては。


 暇つぶしすらろくにできないこの状況では、自我を保つのすら難しい。

 男は、自分がすり減ってしまわないように、常に己を確認する必要があった。


「俺の名は、孫策。

 俺は、冥府への道を探さねばならない」


 しかし、つぶやくだけでは何も解決しない。


 考えた末、孫策は過去に思い出のある地を巡ることにした。

 記憶を保つことで、自分を保つために。

 そして、この怠惰な拷問を終わらせる手がかりを探すために。


  後者の目標は、容易には果たせそうにないが。


 それに、孫策はじっとしているのが嫌いだった。

 元々、血沸き肉躍るような興奮の中で生きるのが好きな男だった。


  江東の小覇王。

  生前、世間から与えられたその呼び名が示す通りに。


 だから、孫策は少しでも刺激が欲しかった。

 それゆえに死した場所を去り、ずっと旅をして来たのだが……望む刺激は、なかなか手に入らなかった。

 当然だ、そこで何か起こっても自分は傍観者にしかなれないのだから。


「……ふう、この村にも、何もないか」


 ひとしきり村を歩き回って、孫策はため息をついた。


 元々、ここは刺激のない場所だ。

 だってここは、孫策がまだ袁術の下にいた頃、とっくに廃村になってしまったのだから。

 袁術の暴政の餌食になって、全てを吸い尽くされた村だ。


  その時のことは、孫策もよく覚えている。

  袁術……あれはひどい男だった。


 昔を思い出していると、不意に袁術の声が聞こえたような気がした。


「……俺も、弱くなったな。

 よりにもよって、あんな男の声が……」


 孫策が感傷にひたっていると、今度ははっきりと聞こえた。


「や、やめろ、助けてくれぇぇ!!

 俺は、皇帝だぞ~!!」


「!?」


 幻聴などではない、確かに聞こえたのだ。

 孫策は素早く身を翻し、声のした方に走った。


 そこには、確かに袁術がいた。

 だが、袁術の置かれている状況を見て、孫策は不謹慎ながらも目を輝かせた。


  袁術は、真っ白な霧の渦に追われていた。

  明らかに自然のものではない、何らかの意思を持った霧だ。

  その得体の知れない霧は、魔物が手を伸ばすように袁術を捕らえようとしていた。


「こ、これは……!」


 孫策は、胸が高鳴るのを抑えきれなかった。


 袁術は、孫策より先に死んでいるはずだ。

 ということは、袁術も何らかの原因で冥界に行けないのだろう。


  これは、手がかりにつながるかもしれない。


 それに、あの魔物のような霧は、刺激的だ。

 死んでからずっと刺激に飢えていた孫策にとって、喉から手が出るような刺激的な事件だ。


  これは、行かない手はない!


 即座に決断を下して、孫策は袁術のもとへ走りこんだ。


  袁術の目が、一瞬孫策の姿を捉える。


 しかし、その姿はすぐに霧の中に引きずり込まれた。

 あっという間に、袁術の姿は純白に塗りつぶされて見えなくなる。


「逃がすかっ!!」


 孫策も、やや遅れて霧の中に飛び込んだ。


  少し時間が経ってその霧が晴れた時、袁術と孫策の姿はどこにも見当たらなかった。

 今回登場した孫策は、袁紹より先に死んだ人間です。

 袁紹とは別の原因で冥界に行けなくなり、その解決法を探して彷徨ううちに袁術を発見し、悪夢に足を踏み入れました。


 孫策は袁術のことをよく知っていますが、袁紹とは顔を合わせたこともありません。袁術を通じて二人が巡り合った時、孫策は袁紹に何を見るのでしょうか。

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