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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第3章~劉備玄徳について
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劉備~徐州への街道にて

 劉備編も、最終話です。

 結局、劉備も袁紹を救うことはできませんでした。

 貧しい人々の旗印である劉備は、裕福な名家の中で苦しんできた袁紹の境遇が理解できなかったのです。


 無慈悲な刃を身に受けて、袁紹は何を思うのでしょうか。

 気が付くと、劉備たちは元いた徐南の街道に戻っていた。


 温かい太陽の光がさんさんと降り注ぎ、さわやかな風が吹き抜ける。

 近くで、木につながれた馬たちが主人に気づいていなないていた。


「これは……戻って来られたのか?」


 劉備は、拍子抜けしたように周りを見回した。


  周囲は間違いなく、霧に包まれる前にいた街道だ。

  穏やかで、明るくて、先ほどまでの悪夢の気配はみじんも感じられない。


(私は、夢でも見ていたのだろうか?)


 だが、あの悪夢が確かにあった証拠に、劉備たちの武器は赤黒い血でべっとりと汚れていた。

 霧に巻かれる前は、清らかな白銀の刃だったのに。


 しかし、あの恐ろしい世界は、もうどこにも感じられなかった。

 終わったのだろうか。


「帰ろう……劉表殿の元へ」


 劉備は二人の義兄弟と共に、再び馬に乗って駆け出した。

 しかし、いくらもいかないうちに、馬の頭を返してつぶやいた。


「悪いが、少し寄り道をするぞ。

 確かめたいことがある」


 そう言うや否や、劉備は荊州ではなく別の州へと通じる道に馬の頭を向けていた。

 二人の義兄弟も、無言でその後に続いた。



 裏の袁紹が意識を取り戻すと、表の袁紹が悲痛な顔でのぞきこんでいた。

 側には、地獄からきた小鬼もいた。


「旦那さん、ずいぶん無理しなさったなあ」


 小鬼は、すまなさそうに言った。


「まあ、僕が教えてへんかったのも悪いんやけど……生きた人間は、直接地獄に落とせへんねん。

 元から死んだ人間か、あの世界で殺してからでないと。

 正直……生きた人間が介入することは想定してへんかったよってに」


 やはりそうかと、裏の袁紹はまだはっきりしない頭で思った。


  頭は、まだずきずきと痛む。

  しかし、すぐに意識を失ったせいか、殺される時の苦痛はそうでもなかった。

  顔良と文醜も、案外苦しまずに逝ったのかもしれない。


「これから……どうするのだ?」


 表の袁紹が、沈んだ声でつぶやく。


 劉備に救ってもらえなかった今、彼以外に自分を救ってくれそうな人間に思い当たらない。

 いや、救ってもらえそうでかつ巻き込んでもよさそうな人間がいない。


 表の袁紹の問いには答えず、裏の袁紹は思い出したように聞いた。


「袁術はどうした?」


 その瞬間、表の袁紹は悔しそうに唇を噛んだ。


「逃げた……我々が二人とも気を失っている隙に」


 やはりそうかと、裏の袁紹も唇を噛んだ。

 袁術もすでに死んでいる以上、首を切ってもいずれ再生して動けるようになる。


  二人の袁紹が同時に意識を失うと、あの悪夢の世界は消滅する。

  おかげで劉備たちが母上を傷つけるのは防げたが……

  二人の袁紹が復活する前に袁術の方が早く復活してしまい、牢獄が消滅していたためにそのまま逃げてしまったようだ。


「先に、あいつだけでも地獄に落としておくべきだったな」


 表の袁紹がつぶやくと、裏の袁紹は憎らしげに言った。


「ともかく、次にやることは決まったな。

 袁術を追い、必ず地獄に落とす!

 私が救われず、袁術が救われることだけは、あってはならん!!」


 一瞬で、意見が一致した。


  自分が救われることは、もうあまり望めなくなってきた。

  ならばせめて、自分が現世にいられる間に恨みを果たす。


 新たな目標を見つけて起き上がった袁紹を、小鬼は頼もしげな目で見ていた。


「旦那さん、最初はか弱い人やと思ったけど……何や違ったみたいやな。

 生きた人間相手に、あれだけやれるなら安心や。

 旦那さんなら、地獄で……」


 小鬼は、袁紹には聞こえないようにぼそりとつぶやいた。


「ええ獄卒になれますわ」


 不穏な声には全く気付かず、袁紹は袁術の魂を追ってさらに南へと浮遊していった。

 袁術だけは許さない。

 悪夢の元凶を追う袁紹の魂は、今までよりずっと黒く燃え上がっていた。



「やあやあ玄徳殿、よくおいでくださいました」


 徐州のはずれ、集落から離れた一軒家で、劉備は目的の人物と再会していた。


「お久しぶりです、鄭玄殿」


 相手の名は鄭玄、元は袁紹と親しかった人物である。

 劉備は以前曹操に攻められた時、この鄭玄に頼んで袁紹に助けを求めたことがある。

 今回再び鄭玄を訪ねたのも、袁紹のことがどうしても頭に引っかかって離れなかったからだ。


  袁紹が娼婦の子だという話は、自分はとても信じられない。

  だが、否定するにも証拠はない。


 劉備は鄭玄に、その証拠を求めたかった。

 鄭玄は古くから袁紹と親しいため、その辺りの事情には詳しいはずだ。

 ざわつく胸を抑えて、劉備はそれとなく鄭玄に尋ねた。


「ところで鄭玄殿。

 私は袁紹殿が娼婦の子だという噂を聞いたのですが、あれは本当なのでしょうか?」


 それを聞くと、鄭玄は妙にしんみりした顔になった。


  劉備たちの喉が、ごくりと鳴る。


「おぬしら、どこでそれを……まあよい。

 あれは、本当の話じゃよ」


 劉備は静かに、固まった。


「本人が生きておればわしも遠慮はしようが、今更隠すことでもあるまい。

 あの男は堂々と生きておったようじゃが、実際は袁家の中でずいぶん苦労しておったのじゃよ。

 特に、幼い頃はそれがもとでひどい虐待にあっていた……」


 それ以上は、聞いていられなかった。


「申し訳ありません、少し急いでいますので……」


 いたたまれずに話を打ち切って、劉備たちは逃げるように館を出た。


  違う、と一言言ってくれればよかった。

  悪い冗談だ、と笑ってくれればよかった。


 不名誉な真実を断腸の思いで明かして助けを求めた袁紹に、自分たちは何をした?


 だが、それでも劉備は前を見つめていた。

 自分は、天下万民を救わねばならない。

 一度や二度の失敗で、立ち止まってはいられない。


  これまで、身を寄せては滅んでしまった数多の恩人に顔向けできない。

 (公孫瓚と、そして袁紹も含まれる)


「行こう、私たちは私たちの道を!」


 劉備は迷いを振り切るかのように、荊州に向かって馬をとばした。

 しかし、その刃は救世主にふさわしからぬ汚れた血に染まっていた。


  未来に向かってひた走る劉備たちを、明るいだけの空っぽの太陽が照らしていた。

 袁紹の目標が変わりました。

 救ってもらえる希望が少なくなった代わりに、袁紹は袁術への復讐という新たな目標を見つけ出します。


 次は袁紹ではなく、袁術に近かった人物を中心に話が進みます。

 これからも奮ってお読みください。

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