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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第3章~劉備玄徳について
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劉備~愛惜の館にて(7)

 劉備編もいよいよ終盤です。

 劉備を支持する方々には申し訳ないシナリオでしたが、これが私の中での袁紹と劉備の関係です。


 追い詰められた楼閣の頂上で、裏の袁紹は再び劉備と対峙します。

 噛み合わぬ二人の結末を、ご覧ください。

 地下の道は、相変わらずの一本道で怪物もいなかった。

 もはや劉備たちを阻むものは何もない。


 しかし地上に出たとたん、新たな怪異が劉備たちに襲い掛かった。


 来た時からこの部屋にあった、赤ん坊くらいの大きさの黒い影……それがもこりと盛り上がり、わらわらと集まってきたのだ。


  父上はどこ?

  母上はどこ?


 舌足らずなつぶやき声が、はっきりと聞こえる。

 無数の小さな影は、人恋しいように劉備たちにまとわりついてきた。


「こんにゃろう!!」


 張飛が蛇矛を振るったが、傷をつけることはできなかった。

 蛇矛は影に当たっても、空気と同じようにすり抜けてしまうのだ。


「慌てるな、張飛。

 これは……ただのこけおどしに過ぎん!」


 劉備が凛とした声で、張飛の混乱を鎮める。


  この黒い影は、武器では傷つけられない。

  それどころか、劉備たち自身の体すらすり抜けてしまっている。

  つまりこの怪物は実体を持たず、こちらを攻撃することはない。


 それに気づいた劉備たちは、臆することなく影の群れをすり抜けて部屋を出た。

 途中、楼閣の門が開いているのを見たが、あえて上への階段に向かった。


  わざわざ逃げ道を作ってあるということは、妖魔は劉備たちを恐れている。

  つまり、倒すなら今がチャンスだと教えてくれているようなものだ。

  それを見逃す劉備たちではない。


「今こそ、人に仇なす妖魔を討つ!」


 劉備の決意をこめた声が霧の中にこだまする。

 ただただ純粋に民を救う志を胸に、劉備たちは頂上の部屋の扉を蹴破った。



 裏の袁紹は、疲労困憊の体を休めていた。

 背中から、安らげる気配が伝わってくる。


「母上……」


 裏の袁紹は、天蓋つきの大きなベッドにもたれていた。


  赤茶けたカーテンの間から、時々差し出される指がほおを撫でてくれる。

  天蓋の四方についた飾りが、赤子をあやすようにゆらゆらと揺れる。

  そして、袁紹が生前から何よりも欲しかった声が聞こえる。


「イトしい……私の、本初……」


 覚えてもいない記憶の中から、それと思しきかけらだけをつなげたような……。


  いくつもの美しい声が混じり合い、それが風化したようなかすれた声。

  だが、そこには確かに袁紹への愛がこもっていた。


 袁紹は、そこにいる愛しい人に問う。


「母上、本初は……生まれてきてはいけなかったのでしょうか?」


 返答は、なかった。

 戸惑う愛しい人を安心させるために、袁紹は一人で言葉を続ける。


「私は、どのような生まれの人間であろうと、生まれることに罪はないと思っております。

 母上が私を宿し、生んでくれたことは決して罪ではありません。

 だから私は……母上に応えるために、立派に生きようと努力してきました」


 袁紹の声には、深い悲しみがにじみ出ていた。


「しかし、民があがめる救世主は、私を許してくれませんでした。

 仁の人として名高い者が、民のために私を排除しようとするのです。

 私は……それほど悪いことをしたのでしょうか?」


 相変わらず、返答はない。

 袁紹はそこで一息ついて、ため息とともに続けた。


「それでも、私は私という存在を否定したくはありません。

 私をこの世に生んでくれた、母上を罪人にしないために。

 だから私は……たとえ天に逆らうことになろうと、最後まで抗い続けます。愚かな息子を、お許しください……」


 その言葉が終わるとほぼ同時に、扉が豪快に吹き飛んだ。

 眼前には、無情な刃をぎらつかせた処刑人が佇んでいた。



「追い詰めたぞ、妖魔め!」


 たちまち、関羽と張飛が両方から裏の袁紹を囲む。

 劉備は両手に持った剣を裏の袁紹に向け、慎重な足取りで歩み寄ってきた。


「私は、おまえに騙されて袁紹殿を傷つけてしまった。

 人の心を弄ぶおまえのその性根には、虫唾が走る!

 だが、その悪行もここで終わりだ!」


 今度はまたどんな勘違いをしているのか……。

 しかし、袁紹はもはやそれを解こうとは思わなかった。


  この男に私の話は通じない。


 ならば、せめて一番大切なものを守って果てるまでだ。

 表の袁紹がそうしたように、裏の自分が一番愛する者にこの身を捧げる。


 ちらりと横に目を走らせれば、関羽はすでにベッドの中に目を向けている。


(母上を、貴様の手にかけさせはしない!!)


 裏の袁紹は覚悟を決めると、挑発的な笑みを浮かべて立ち上がった。


「くっくっく……やはり貴様も、公孫瓚と同じか。

 少しはましかと思っていたが買いかぶりだったようだな!」


 とたんに、劉備の顔色が変わる。

 こいつらの気を引くには、公孫瓚の名前を出すのが手っ取り早い。

 役に立たない男ではあったが、あれでも劉備とは親しかったのだ。


「なぜ、おまえが公孫瓚殿の名を……公孫瓚殿に、何かしたのか!?」


 裏の袁紹は、嘲笑の顔で答えた。


「……奴の霊に会い、地獄に落とした」


 劉備の顔が、面白いように怒りで歪んでいく。

 関羽と張飛ももう、ベッドの方を見てはいなかった。


  これでいい。


 その視線を二度と放さぬように、袁紹は冷たく言葉を続ける。


「奴は、貴様と同じように、わしの話を聞こうとしなかった。

 そして、問答無用でわしに斬りかかってきた。

 ゆえに、わしは己を守るために奴を地獄に落とした」


 劉備たち相手に、事実以外を話す必要はない。

 今は何を言っても、怒りを増すことしかないのだから。


「て、てめえ……よくも公孫瓚を!

 そうだ、てめえは生きてる間から公孫瓚を邪魔だと思ってた。結局、てめえの私怨で地獄に落としたんだろうが!!」


 張飛が、眉間に青筋を浮かべて叫ぶ。

 もはや、目の前にいるのが袁紹なのかそうでないのかも分からなくなっている。


  だが、今はそんなことはどうでもいい。


 すぐそばで、関羽が静かに偃月刀を振り上げる。

 裏の袁紹は冷笑を浮かべたまま、関羽の方を向いた。


「貴様の首をもって、公孫瓚殿の霊をお慰め申す!」


  これでいい。


 裏の袁紹は今一度、顔良と文醜に思いをはせた。

 自分は、命を捧げてくれた彼らの期待に応えてやれなかった。

 だが、せめて同じ痛みを味わってやることくらいはできる。


  顔良もどきと文醜もどき、それに表の自分の血が、偃月刀の刃からしたたる。


 袁紹は、逃げなかった。


「言い訳はせぬ!」


 その言葉を合図に、偃月刀がぶんっと風を切る。

 袁紹が望んだとおり、頭から一文字に。


  痛みらしきものを感じたのは、ほんの一瞬。


 それに何かを感じる間もなく、袁紹の意識は闇に落ちた。

 裏の袁紹もまた、守りたいもののために己を捧げます。

 裏の袁紹が楼閣の頂上で守っていたもの…それが、他の館ではボス敵に相当する母の幻影でした。ただし、この母に対する袁紹の感情は他の館とは異なりますが。


 また、劉備が誤解の果てに袁紹を攻撃してしまう結末は、公孫瓚編と重なります。袁紹が勝つか、ねじ伏せられてしまうかの違いはありますが。

 次回、劉備編最終話です。

 救いを失った袁紹は、この先何を求めるのでしょうか。


 

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