袁紹~深淵の地下牢にて
劉備たちを地獄に落とせなかった袁紹は、自分を守るために強力な怪物を生み出して劉備たちを倒そうとします。
しかし、それは結果として袁紹自身をさらに傷つけることになってしまいました。
もはや劉備は袁紹を助けてはくれません。
袁紹は、劉備の純粋すぎる刃から逃れられるのでしょうか。
顔良もどきの腕から、血がほとばしった。
頭から切り下ろされては、いなかった。
一瞬の意識が遠のくような頭痛に耐えて、裏の袁紹はどうにか視界を取り戻した。
すぐ側には、劉備が手にした二本の刃。
しかし、劉備の視線は裏の袁紹から外れてあさっての方向を向いていた。
「……嘘でしょう?
なぜ、こんな……」
劉備の視線の先に気づいて、裏の袁紹は戦慄した。
そこには、表の袁紹が横たわっていた。
刃を振り下ろした関羽自身も、驚愕して動きを止めていた。
関羽が斬ったのは、顔良もどきではなく、それをかばって飛び込んだ表の袁紹だったのだ。
表の袁紹の体は、頭から真っ二つに割られていた。
頭のてっぺんから腹まで届くような傷を負い、血だまりの中に倒れ伏している。
あの時の……関羽に討ち取られた顔良と同じように。
劉備たちは、しばらく目をしばたいて攻撃の手を止めていた。
その隙に、裏の袁紹は素早く身を翻して部屋から逃げ出した。
表の袁紹が行動不能になった今、もはや自分たちは万に一つの勝ち目もない。
ならば、できることはただ一つ。
表の袁紹が復活するまで逃げ切って、劉備を強制的にこの世界から追い出すしかない。
裏の袁紹は苦渋の決断を下し、二人の愛しい怪物を背にした。
(すまぬ、表よ……。
私はまた今度も、あの二人を助けてやれぬ!)
返事はなかったが、もはや言葉は必要なかった。
元は一つだった魂を通じて、裏の袁紹にも表の感情が流れ込んでくる。
ごめんなさい。
表の袁紹は、謝っていた。
私のために死なせてしまって、ごめんなさい。
こんな生きることも許されない私のために、命を捨てさせてごめんなさい。
私を守るために関羽に斬られた、愛しい人たち。
表の袁紹は、絶望しているのだ。
劉備は自分を救ってくれなかった。
つまり、自分は救世主にも救ってもらえない人間だと思ってしまったのだ。
だから、せめて今度は自分が顔良の盾になろうと、関羽の前に飛び込んだのだ。
自分を守ってもらうために、あの二人を呼び出したことも忘れて。
裏の袁紹には、その感情がたまらなく悲しかった。
そして、悔しかった。
だが、それでも自分には逃げることしかできないのだ。
裏の袁紹と表の袁紹は、二人で一人である。
そのため、どちらかが欠けているとできることは限られてしまう。
この世界の管理も、その一例だ。
この世界の地形を変えるには、二人の袁紹が意志を合わせなければならない。
裏の袁紹一人では、地形を変えて劉備たちを閉じ込めることができないのだ。
世界そのものを一旦消去して、強制的に現世に送り返すこともできない。
怪物を生み出す力も、一人では心もとない。
怪物は、袁紹の暗い感情の力から生まれる。
しかし、袁紹も人間の魂であるため力には限りがある。
折しも表の袁紹が顔良もどきと文醜もどきのために渾身の力を使ってしまったため、もうほとんど力が残っていなかった。
(このままではならぬ!このままでは……!!)
地下から地上に至る道は一本道で、地形を変えなければ劉備を迷わせようがない。
それに、劉備たちが怪物をことごとく倒してしまっているため、新しく生まなければ戦力がない。
怪物を制御できず、襲われてしまう表の袁紹を守るには仕方がなかったが……。
このままでは、裏の自分が発見されて斬られるのも時間の問題だろう。
裏の袁紹は歯がゆさを噛みしめながら、とにかくできることをした。
楼閣の入り口を現世につなげて、劉備たちの出口を作る。
実体すらないか弱い怪物でも、少しでも脅しになればと地下からの出口に仕掛けておく。
そして……劉備たちから少しでも距離を置くように、楼閣の頂上に向かって駆け上がる。
そこには、袁紹が一番大切にしている存在があった。
いくら時間を稼いでも、表の袁紹の復活に間に合う保証はない。
この世界のどこにいても、劉備に見つかる危険は避けられない。
ならば、せめて……自分の心が最も安らぐ場所にいたかった。
「母上……!」
悪夢に怯える子供のようにつぶやいて、裏の袁紹は駆けた。
金網の牢で、劉備たちは早くも目の前の敵を倒して一息ついていた。
顔良もどきと文醜もどきは、倒れてしばらくすると溶けるように消えてしまった。
「ふう、全く……あんなもんを呼び出すなんて、趣味の悪い奴だぜ!」
張飛はそう言って毒づいたが、劉備は再び疑いを抱いていた。
(まさか、こちらは本物の袁紹殿だった……?)
表の袁紹が顔良もどきをかばった時、劉備は胸が裂かれる思いだった。
人を欺くだけの妖魔に、こんなことができるものか。
そして気が付いたら、血塗られた方の袁紹がいなくなっていた。
その状況から、劉備は新たな『真実』に思い当たった。
(こちらは本物の袁紹殿で、あの血塗られた方が偽物?
そして、本物の袁紹殿を利用し、操っていた?)
そう考えれば、全てつじつまが合う。
そんな劉備の心中を読んだように、関羽が告げる。
「兄者、あの血塗られた魔物を追いましょう!
奴の行く先は、分かっています。
先ほど楼閣の頂上で袁紹が守ろうとしていた良からぬ気配の主……おそらくあれが、妖魔の親玉か大事なものであろう」
それを聞くと、劉備は力強くうなずいた。
確かに、楼閣の頂上で関羽がその存在に気付いた時、袁紹はそれに触れられるのを嫌がっていた。
それを考えると、あれが妖魔の親玉である可能性は高い。
「よし、楼閣の頂上に向かうぞ!」
今度こそ、『本物の袁紹』のために妖魔の息の根を止めるのだ。
劉備たちは、義心に満ちた刃を握り直し、楼閣の頂上へと駆け出した。
表の袁紹が行動不能になったことで、裏の袁紹は徹底的に追い詰められていきます。
さらに、裏の袁紹の必死の努力もむなしく、劉備たちは楼閣の頂上へ向かいます。
楼閣の頂上には、袁紹の何があるのでしょうか。
次回、劉備と袁紹の決着です。