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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第3章~劉備玄徳について
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劉備~金網の部屋にて(2)

 人は日々、様々なものに理想を抱いて生きています。

 そして、その理想とかけ離れた現実を目の当たりにしたとき、「こんなはずじゃなかった」と失望の念を抱きます。結果、友情や愛情が破綻したりひどい場合は殺人のような重大な事件につながることもあるのです。

 さすがの劉備たちも、手を振り下ろす前に攻撃することはできなかった。

 できるのは、何が起こるかと身構えることだけだ。


  金網の下からは、生臭い熱気が吹き上がってくる。

  おそらくこの下に、彼のいう地獄があるのだろう。

  どのように底に落とす気なのか……。


 しばらく、時間が流れた。

 金網は微動だにせず、劉備たちは相変わらずその上に立っていた。


 裏の袁紹の顔が青ざめ、冷や汗が流れた。


「な、何だと……こんなはずは……!?」


 金網が……地獄への口が、開かないのだ。


 地獄に落とせさえすれば一瞬で勝負はつくのに、なぜか劉備たちにはそれができない。

 それができなければ、力でも数でも劣る袁紹には勝ち目がないのに。


「あ……あ……」


 表の袁紹の顔が、みるみる恐怖に歪んでいく。

 さっきとは意味が違う涙で濡れた目をして、ぶつぶつと何かをつぶやき始めた。


「た、助けてくれ……わしを助けてくれ……。

 嫌だ!なぜ、わしがこのような……わ、たしを、守って……くれると、言ったのに……」


 袁紹の声に反応したように、壁を覆う血の汚れがざわりとうごめく。


  守って、誰か私を守って……

  ただただそう願う袁紹の心に、懐かしい面影が浮かび上がる。


 表の袁紹はもう、その面影にすがるしかなかった。

 そこにいないにも関わらず、悲痛な声でその名を叫んだ。


「が、顔良―っ!!文醜―っ!!」


 とたんに、壁の穢れが浮き上がって滝のように流れ出した。

 赤黒いしぶきをとばしながら、表の袁紹の前に盾となるように集まっていく。


  びちびちといやらしい音を立てて、血は二つの塔を形作る。

  まるで二人の人間が、表の袁紹を守ろうとするかのように。


「な、何だこれは!?」


 地獄には落とされなかったものの、予想外の怪異に劉備たちは見ていることしかできなかった。


 血の塔は今や、完全に人の形になっていた。

 表の袁紹が流す涙と連動するように、表面の血が流れ落ちる。

 そして、中に生まれたモノの姿が明らかになる。


  それは、頭を包帯で包まれた、甲冑をまとった戦士だった。

  大柄で筋骨隆々で、表の袁紹をかばうように武器を構えていた。

  一方は大まさかり、一方は槍と弓を携えている。


 その姿を見た途端、関羽は小さく唸った。


 戦士のまとっている甲冑に、見覚えがあった。


  あれは白馬、延津の戦いで本物の顔良と文醜に遭遇したときのこと。

  彼らはまさしく、こんな甲冑をまとっていた。


 関羽が曹操の命令で、顔良と文醜を討ち取った時の話だ。

 そう、顔良と文醜はもうこの世にいないのだ。


  それを証明するように、戦士たちの頭には縦にかち割られたような傷がある。

  真っ二つに斬られて少しずれている頭を、包帯で無理やり結びとめている。

  頭から走る一文字の傷は、胸で止まらず腹まで伸びていた。


 背中を走る寒気とともに、劉備たちは悟った。

 これは、怪物なのだと。

 関羽に頭から切り下ろされたままの姿で、言葉も表情ももたないそれは、袁紹や袁術と同じような幽霊ですらなかった。


「おお、顔良……文醜……!」


 表の袁紹が、嬉しそうにほおを緩める。

 この怪物が、本当に顔良と文醜に見えているのだろうか。


  いや、こちらの同情を誘うために悪魔が演じているに過ぎない。


 劉備は少し心が痛んだが、強い意志でその迷いを振り払った。


 目の前にいるのは袁紹ではない。

 故人の姿を借り、人を惑わす悪しきモノだ。

 ならば、やるべきことは一つ、鋼鉄の意志をもってこの怪物と悪魔を倒すのみ。


「頼むぞ、関羽、張飛!」


 劉備の凛とした声に、二人の義兄弟は威勢よく答える。


「おう、任せろ!!」


 劉備の命令に従い、二人は躊躇なく怪物に斬りかかる。

 恐ろしいほどの力をこめた二つの刃が、生まれたての怪物に迫った。



 裏の袁紹は、表の袁紹が生み出した怪物に少しの希望を見出した。


 これで数の不利はなくなった。

 関羽と張飛がいかに強いとはいえ、四人で一人を集中攻撃すればどうにかなるかもしれない。

 それに、こちらは死人と怪物、向こうは生身だ。


「よし、一人ずつ……必ず地獄に送ってやるぞ!」


 裏の袁紹と表の袁紹、それに顔良もどきと文醜もどきがそろって武器を構える。


  もはや、この怒りを止めることはできない。

  ここまでして真実を明かした自分を踏みつけにした劉備を、許すことなどできない。


 袁紹の胸の中は、裏切られた思いでいっぱいだった。

 そしてその怒りのままに、劉備たちに斬りかかった。


 まずは顔良もどきが関羽にまさかりを振り下ろし、文醜もどきは張飛に向かう。

 二人の袁紹はその隙を突いて、張飛に襲い掛かる。


  劉備を先に倒そうとは思わなかった。

  劉備は自分から顔良と文醜を奪って、悲しみのうちに死なせたから。

  劉備にも、同じ悲しみを味わわせてやる!!


 それに、劉備なら死角から攻撃されても他の二人ほど大したことにはならない。


 まずは張飛から倒し、次に関羽を倒し、最後に劉備の息の根を止める。

 それが袁紹の作戦だった。


  しかし……力の差はあまりにも残酷だった。


 一斉に打ちかかった文醜もどきと袁紹二人の刃は、一瞬にして弾かれた。


「ぐっ……!!」


 文醜もどきはともかく、袁紹の力ではすぐに体勢を立て直すこともできない。

 そうしているうちに、顔良もどきは早くも関羽に追い込まれている。


(ああっ顔良……!)


 袁紹の脳裏に、関羽に討ち取られる顔良の姿が浮かぶ。


 それをなぞるように、関羽が顔良もどきに向かって大上段に偃月刀を構える。

 袁紹の背筋に、寒気が走った。


  まさか、もう一度顔良を奪われる……?

  しかも今度は、私の目の前で……?


 裏の袁紹が止めに入る間もなく、関羽は偃月刀を振り下ろした。

 次の瞬間、袁紹の頭にかち割られるような痛みが走った。

 袁紹と劉備は、お互いに失望と怒りをぶつけて刃を交えます。


 劉備編ももうすぐ決着ですが、長々とお読みいただきありがとうございました。

 劉備編はどうしても登場人物が多いため、話が長くなってしまいました。次の章はもう少し短めにまとめたいと思っています。

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