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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第3章~劉備玄徳について
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劉備~深淵の地下牢にて(5)

 袁紹はついに、劉備に袁術を差し出して救いを求めます。

 しかし、劉備はそれを受け入れるのでしょうか。


 袁術は劉備にとって憎い敵。決断を託された義兄弟たちにとっても、悪い話ではないのですが…。

 表と裏、二人の袁紹の肩がかすかに震えた。


  劉備は自分で判断できないと、結局義兄弟に判断を託す。

  もしここでこの二人が、下手な答え方をしたら……。


 心配する袁紹をよそに、二人は劉備に己の考えを述べた。


「私は、真実であると思います。

 そもそも袁術は己のためだけに動く小人物、袁紹が真に袁家の嫡流ならば袁術が家を二分する道理がありません。

 名家ほどしきたりが幅をきかすもの、長男の袁紹殿と家を二分できるということは、袁紹殿に傷となる何かがあるからと考えます」


 幸い、関羽は袁紹を信じてくれた。


 事実に基づいた、客観的な理論だ。

 袁紹が嫡流の長男であれば、袁術が独立して大勢力になることがまずあり得ない。

 慣例に従っても能力で比べても、明らかに袁紹が勝っているのだから。


「うむ、それは一理ある。張飛はどうなのだ?」


 一方の張飛はちんぷんかんぷんな顔で考えていたが、そのうち顔を上げて答えた。


「難しいことは分からねえけど、信じるなら袁紹だろ?

 とにかく、袁術は殺した方がいい!

 こいつだけは確かだ!」


「うむ、決まったな」


 劉備は袁術の方に向き直り、剣を構えた。

 その顔には、強い決意がみなぎっている。


「ひぃぃい!!」


 袁術が、泣きそうな声で悲鳴を上げる。

 劉備はそんな袁術に、凛とした声で告げた。


「おまえは生前、行く先々で民を苦しめてきた。

 そのおまえをこの世に残しておけば、いつか妖怪に落ちて再び民を苦しめるかもしれぬ。

 私は民のために、ここで禍根を断つ!」


 さらに劉備は、袁紹に向かって深く頭を下げた。


「袁紹殿のご決意は、よく分かりました。

 世のためとはいえ、この悪霊はあなたの弟……苦しいご決断だったでしょう。

 それでもこの道を選んでくださったあなたに、感謝いたします」


 劉備は大きく息を吸って、袁術の頭上に剣を振り上げた。


  今こそ、裁きの時だ。

  民を苦しめた暴君に、仁の裁きが下る。

  そして兄を苦しめた弟に、復讐の鉄槌が下る。


 劉備の義兄弟と二人の袁紹が見ている前で、劉備は一息に剣を振り下ろした。


  ごうっと、風が呻る。

  ざばっと肉が裂かれ、どす黒い死者の血が飛び散る。


「ああぁ!!」


 表の袁紹が、顔を覆ってその場に崩れ落ちた。

 同時に、裏の袁紹が呆けたような表情に変わり、乾いた笑い声を発した。


「は、はは……あはははは……!」


 劉備はふっと息を吐きだし、剣についた血を振り落した。


「袁紹殿……」


 劉備は表の袁紹を気遣うように、寄り添って背中を撫で始めた。

 表の袁紹の指の間から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。


 劉備の背後には、首と胴が別れ別れになった袁術の姿があった。


  これで予定どおり、袁紹は救いを得られる……

  そのはずだった。



 裏の袁紹は、笑いが止まらなかった。


「くくくっははははは!!!

 あーっはっはっは!!!」


 目の前で、弟が殺されている。


  かつて、兄である自分を執拗にいじめ抜き、死ぬほど辛い日々を与えた弟が。

  成人してからも、自分が魂を割ってまで手に入れた幸せを事あるごとに壊そうとしてきた弟が。

  自分が幸せになるために、こいつはいてはいけなかった。


 正確に言えば、袁術はすでに死んでいるのでただ行動不能にしたに過ぎない。

 時間が経てば、また首と胴がくっついて彷徨い始めるだろう。


 だが、もうこの弟にこの世での時間は与えられない。

 今から、自分がこいつを地獄に落とすのだから。


  生前追いかけまわされた相手に再び殺され、目が覚めたらそこは地獄の釜の底……

  袁紹が袁術に与えたかったのは、まさにこの悪夢だけだ。


 裏の袁紹は、満を持して剣を抜き放った。


「さあ、今から袁術の魂を地獄に落とすとしよう!

 こやつの行先は、全くもって地獄がふさわしい」


 それを聞いたとたんに、関羽がいぶかしそうに問う。


「地獄に落とす……?

 袁紹殿には、それができると?」


 裏の袁紹は、構うことなく、剣の切っ先を床に向けて答えた。


「ふん、わしは地獄からその力を与えられておる。

 本来は幽霊のわしが現世に干渉し、助けを求めるために必要な力よ。

 だが、せっかくおぬしらが袁術を仕留めてくれたのだ、こういう使い方も世のためになるだろう?」


 裏の袁紹の顔には、満足の笑みが浮かんでいた。

 弟を葬る悲しみなど、あるはずがない。


  そもそも、そういう感情を持てないようにしたのは袁術自身ではないか。


「おい待てよ、それはおまえの弟だろ?

 おまえ、かわいそうとか思わねえのか?」


 張飛が何か言っているが、それもどうでもいい。


  自分は袁術のせいで、生前ずっとかわいそうな目に遭ってきた。

  その自分が、袁術をかわいそうな目に遭わせて何が悪い。


 裏の袁紹は、湧き上がる歓喜を抑えきれなかった。

 今までずっと押し殺し、我慢していた感情の波が一気に押し寄せてきたようだ。

 それは、劉備に救いを求めるために感情に耐えていた反動でもあるのだろう。


 裏の袁紹は、剣を手から落とすような自然な動きで、床に突き刺した。


 とたんに、石の床の表面が蒸発するようにはがれ、その下から金網が現れる。

 一瞬の間に、部屋中の床が音もなく金網に変わっていた。

 袁術を劉備に殺させ、袁紹は最後の一手を打とうとします。

 すなわち、袁術を地獄に落とし、そのうえで劉備に救ってもらうのです。


 計画の成就を前に、袁紹はつい喜びの感情があふれてしまいました。

 劉備の義兄弟たちの懐疑の眼差しももはや目に入らず、己の悲願を達成すべく部屋を金網に変え…次回、ボス戦です。

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