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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第3章~劉備玄徳について
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劉備~深淵の地下牢にて(3)

 相手を追い詰めようとして、いつの間にか自分が追い詰められていたことはありますか?

 相手を袋小路に追い込むことは、自分も袋小路に入るということです。


 劉備を誘導するつもりが、袁紹は逆に自分の逃げ場を失ってしまっています。

「ひっぎゃあああ!!!

 止めろ止めてくれ兄貴いいぃい!!」


 冷たい石牢の部屋に、男の絶叫が響く。


 叫んでいるのは弟、責め苛んでいるのは兄だ。

 固い石の寝台で、袁術は拘束された不自由な身でのた打ち回っていた。

 その醜く肥満した体に、何度も鉄の鞭が振り下ろされる。


「おのれ、貴様が……!

 貴様さえいなければ、私はなああああ!!!」


 鞭を振り下ろすのは、袁紹だ。

 返り血ではなく、元から血塗られた姿の裏の袁紹だ。


  さっきから、表の袁紹から届くのはひどく不快な感情ばかりだ。

  葛藤、屈辱、羞恥、否応のない敗北感……地下に入ってから、ずっとそんな感じだ。


(表め、無理をしおって!!)


 表の袁紹が何をしているかは、だいたい分かる。

 おそらく劉備たちに、悪夢の原因を白状しているのだろう。


  自分が妾腹の子であり、屈辱に満ちた幼少期を過ごしてきたことを……。


 それは、表の袁紹にとって心臓をえぐられるのに等しい行為だ。

 名家の当主として、誇りと栄光に満ちた生を歩むための人格である表にとって。

 しかも、あんな元卑しい身分の放浪の武将に自分からそれを語るなど。


 だから、表が劉備たちをここに連れてきたら、裏の自分がそれを語ろうと思っていたのだが……。


  どうやら、劉備たちがそれを表に許さなかったようだ。


 おかげで、裏の自分はさっきからずっと絶え間ない怒りに苛まれている。

 この感情に身を任せたら、劉備たちが来る前に袁術を肉塊に変えてしまいそうだ。


(だが、それはならぬ!)


 裏の袁紹は火のように熱い吐息を漏らし、鞭を振り下ろす手を止めた。


 袁術には、劉備が来るまで意識を保ってもらわなければ。

 劉備にとって自分は信用できない男だとは思う。

 だが、袁術と比べてもらえば少しでもそれを緩和できると思う。


  姑息な手だが、正直、袁紹一人で劉備の信用が得られるかは微妙なところだ。


 これだけ苦しい思いをしているのだから、もう少し苦しい思いをしてもそれを回収できるに越したことはない。

 そのためには何でもしてやる……袁紹はその一念で荒れ狂う感情を抑え続けていた。


  表も、裏も……。

  心に生じた地割れを無理やり踏み固めるようにして。



「……という事情だが、分かってもらえたか?」


 ずきずきと痛むこめかみを押えて、表の袁紹はちらりと劉備の方を見た。

 劉備たちは、どうにも信じられぬようなぽかんとした顔をしている。


 袁紹はたった今、己の過去の悪夢を話し終えたのだ。


  自分が卑しい身分の女から生まれたこと。

  幼いころ、母親に会えず、心休まらない名家で苦しみ続けたこと。

  その母親がいた楼閣が、ここの元になっていること。


「これが、わしの真実だ。

 生きている間は名誉のために隠し続けてきたから、知らずとも無理はないが」


 袁紹が自嘲をこめて言ってやると、劉備は少しうつ向いて口を開いた。


「お噂だけは……聞いたことがありました。

 呂布から聞いた話ですが、袁術があなたを娼婦の子と言いふらしていると」


 やっぱりそうかと、袁紹は心の中でうなずいた。


 生前、袁紹と袁術はそれぞれが独立してからも仲が悪かった。

 兄弟同士で、お互いの力を削ぐために必死に策略を巡らしていた。

 その中で、袁術は自分に支持を集めるために、袁紹の生まれを暴いて貶めようとしていたのだ。


  あの男は娼婦の腹から生まれたくせに、名門を気取る大嘘つきだ。

  正しい袁家の血統は自分にある、だから自分の方に手を貸せと。


 もちろん、袁紹はそれを否定した。

 民衆の支持を失うのが怖いだけではない。

 それを認めてはならない空気が、袁紹を支える側近の間に流れていた。


  自分はこんなに偉い名門の当主に仕えているのだ。

  そのようなことが真実であっていい訳がない。


  そうですよね、我が君?


 認めてしまえば、自分が魂を割ってまで手に入れた幸せが一瞬で壊れてしまう気がして。

 曹操や一部の識者からは道化のように言われようとも、構わず自分を偽り続けた。


「にわかに信じられぬとは思うが……これに関しては、袁術が正しかったという訳だ」


 袁術の名を出してやると、劉備はますます困惑したようだった。

 袁紹はそんな劉備をなだめるように、静かに告げた。


「実はおぬしたちより先に、袁術をここに招いておる。

 愚かな弟だが、今はあれより他に証人がおらぬのでな。

 この先で……わしの片割れがあやつを監視しておる」


「そう……ですか……」


 袁術がいると聞いて、劉備の表情が曇った。

 無理もない、自分が討伐した相手と顔を合わせるのだから。


「わしの真実に疑いがあるなら、直接袁術に聞くがよかろう。

 そのうえで、わしが救うに値するか判断すればよい」


 袁紹はあえて結論を出さずに、地下牢に向かって足を進めた。


 劉備がこの真実を容易に認められないのは分かる。

 劉備にとって、袁紹は常に名家の誇りを鼻にかけてお高くとまった人物だったのだから。


  生前、数十年かけて築いてきた印象を拭うのは想像以上に大変だ。


 だが、劉備が真実を認めてくれなければ、袁紹は救われないのだ。

 そのためなら、憎い弟などいくらでも利用してやる。


「さあ、もうすぐ片割れのところだ」


 暗い一本道の先に、光が見えてきた。

 袁紹は無意識に足を速めて、その光に向かって突き進んでいった。

 途中でトラブルはあったものの、袁紹は無事に片割れのもとへたどり着けそうです。

 裏の袁紹は袁術を拘束し、劉備たちを待ちかねています。

 劉備たちは、袁紹の期待に応えることができるのでしょうか。

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