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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第3章~劉備玄徳について
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劉備~深淵の地下牢にて(1)

 袁紹は劉備を、裏の自分が待っている地下牢まで連れて行こうとします。

 袁紹は劉備にできるだけ不信感を持たれないよう、感情を押し殺して行動していますが、悪夢の中は袁紹自身の感情を逆なでする怪物に満ちています。果たしてそれらに遭遇して優しい面が壊れた時、劉備たちは袁紹にどんな感情を抱くのでしょうか。

 地下の空気は、どんよりと重く淀んでいた。

 光が差さないので暗闇かと思っていたが、道のところどころにか弱い光を放つ蝋燭が灯されていた。

 はっきり見えるのはその周りのみ、自分たちの影でさえほぼ完全な闇となる。


「一本道なので迷うことはないであろうが……はぐれぬよう、気をつけられよ」


 袁紹はそう言って、劉備たちの前を進んでいく。


 突然、袁紹の歩みが止まった。


「袁紹殿?」


 劉備が声をかけると、袁紹は渋い顔をして暗闇の奥を見つめていた。

 漆黒に塗りつぶされた空間から、ずりずりと何かを引きずるような音が聞こえてくる。


「……怪物か?」

「うむ、すまぬが……多いぞ」


 そろそろと蝋燭のある近くまで戻り、劉備たちは武器を構える。

 袁紹は関羽と張飛の後ろに下がらせ、さらに劉備が守るように寄り添う。


 そうして臨戦態勢を整えたころ、怪物が悠長に姿を現した。


 寝台の上に重なった肉塊は、上にいた奴と同じだ。

 それに、顔に板を打ち付けられた召使いと犬も、外にいた奴と同じだ。

 しかし、今度は別の怪物も混じっていた。


  死人のように白けてぶよぶよとたるんだ肌をした、人型の怪物だ。

  腕の先は昆虫のように細く、鋭い爪がぎらぎらと光っている。


 その姿を見たとたん、袁紹の眉間にしわが寄った。


「下衆が……!!」


 そのつぶやきに反応するように、怪物たちが一斉に襲いかかってきた。


 犬たちが、よだれにまみれた牙をむいて飛び掛かる。

 それを打ち落とすと、今度は召使いが得物を振り上げて近づいてくる。

 さらに、倒れる召使いの体を盾にして寝台の怪物が四本の手を伸ばす。


 それでも、一本道で後ろから敵が来ないせいで、戦いはだいぶ楽だった。

 関羽と張飛が大きな体で壁を作っているおかげで、袁紹と劉備のところまで怪物の牙は届かなかった。

 いや、そもそも関羽と張飛に手が届く怪物がほとんどいない。


  劉備を守るこの二人は、それほどに強いのだ。


 袁紹はその二人の姿をできるだけ視界に入れないように、こっそりと目を伏せていた。


  余計なことを考えてはいけない。

  せっかく救ってもらえるのだから、下手な嫉妬に身を任せてはならない。


  以前自分の前にもあった、同じような壁のことなど……

  今は、思い出してはいけない……。


 そうして袁紹が目をそらしている間にも、怪物は次々となぎ倒されていく。

 仲間が少なくなったのに苛立ったのか、白けた肌の怪物がもごもごと口を動かした。


「ショウのクセに……キタナらシい……!!」


 それは、憎悪と怒りのこもった声だった。


「しゃべった!?」


 突然の言葉に、関羽と張飛の刃が鈍る。


  これまでの怪物は、不気味な声を立てることはあっても、言葉を話すことはなかった。

  しかしこの怪物は確かに、今言葉を発したのだ。


「まさか……人間では……?」


 人型の外見も手伝って、劉備の心に迷いを植え付ける。


 怪物ならば、倒すのに容赦はいらない。

 しかし、もし人間であれば、劉備たちは手にかけるのを大いにためらってしまう。

 いや、人間でなくても、人間であったような痕跡を見つけたとたんに……。


「関羽、張飛!

 斬るな!!」


 一瞬の迷いから、劉備が攻撃に待ったをかける。


「待て、手を止めるな!!

 あれも人間では……!!」


 袁紹は慌ててそれを否定したが、関羽と張飛は劉備の言う事しか聞かない。

 二人が刃を逸らした隙に、白けた肌の怪物が袁紹のもとへ走りこむ。


「お止めください!どうかお話を……」


 劉備は言葉で怪物を止めようとしたが、無駄なことだ。


  この怪物もしょせん、袁紹の暴走した悪夢の一つに過ぎない。

  言葉をしゃべることはあっても、言葉を解することなどないのだ。

  怪物はただ、袁紹の脳裏に刻まれた言葉を反復しているに過ぎないのだから。


 怪物の針金のような爪が、袁紹の体に迫った。


「ショウのクセに……ゲセン、の……」


 もごもごと同じ言葉を繰り返しながら、袁紹の顔めがけて爪を振り上げる。


 その瞬間、袁紹の顔に烈火のような怒りが広がった。


「黙れえええ!!!」


 絶叫ともとれるほどの怒声とともに、袁紹の体が低く沈み込む。

 腕を空振りして前のめりになった怪物の下に潜るように、歩を進めて剣の切っ先を上に構える。


「下衆が、その口を閉じよ!」


 袁紹の口から漏れたのは、劉備たちが聞いたこともない低く濁った声だった。

 その顔には、およそ袁紹という人物に似つかわしくない、悪鬼のような怒りの形相が張り付いていた。


「袁紹、殿……?」


 驚愕する劉備たちの前で、怪物の後頭部から血塗られた刃が突きだす。

 怪物は、それ以上何も言うことなく、静かに倒れ伏した。


 袁紹は劉備と対面してから、ずっと感情を抑えて冷静に対応してきました。

 苦手な人物を含む相手に冷静に対処するのは、思った以上に精神力を奪われるものです。怪物の言葉にキレてしまったのも、袁紹がそれだけ消耗している証拠なのです。


 一方、劉備たちは袁紹の態度が豹変すれば、当然のように不安を覚えます。

 袁紹はこのまま劉備の信頼を得、救ってもらえるのでしょうか。

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