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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第3章~劉備玄徳について
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劉備~愛惜の館にて(6)

 劉備に力を貸してもらいながら、袁紹は今度は楼閣の下に下がっていきます。

 楼閣の頂上にある聖域とは逆に、己の最も醜い部分を晒す地下の暗闇に向かって…。


「しかし、今この怪物は袁紹殿にも害を……!」


 必死で取り繕おうとしているのが、なお憎らしい。

 あの時と同じように、うまく欺いて出られるとでも思っているのか。

 こういう態度をとられると、こんなものに救われていいのかと思えてくる。


 だが、袁紹はそこで頭を冷やした。

 こんな奴でも、民を救い、世を直したいという志は確かだ。


  ならば、自分が救うべき対象であると分からせればいい。


 劉備は偽りを憎み、何にでも筋道を通したがる。

 ならば自分がするべきことは一つ、劉備に対して隠し事をしないことだ。

 生前は立場上いろいろと隠してきたこともあったが、地上の地位や名誉を全て失った今、それを隠し続ける理由はない。


 袁紹は憂いをこめた口調で、劉備に語りかけた。


「おぬしの察しのとおり、この怪物はわしの感情から生まれたものだ。

 事実は事実、気を遣わずともよい」


 己の罪を認める発言に、関羽と張飛もこちらを向いて聞き耳を立てた。

 袁紹は構わずに続ける。


「ただ、魂が割れているせいで、わしにもこやつらを制御できぬのだ。

 おかげで、危険な目に遭わせてしまったが……。

 ともかくわしの魂を直さねば、この悪夢を終わらせることはできぬ」


 と、そこまで言って、袁紹は一旦劉備の返答を待った。

 しかし、言い返してきたのは張飛だった。


「やいやい、ずいぶんと責任逃れな言い方じゃねえか!

 てめえは自分の感情に自分で責任も取れねえのか!?」


 その言葉には、侮蔑と呆れがありありとにじみ出ていた。

 自分のことは全部自分で始末しろとばかりの物言いだ。

 袁紹は、こういう短絡的な頭の持ち主が大嫌いだった。


  自分の感情を自分で全部制御できれば誰も苦労などしないのだ。

  今のこの怒り一つを制御するのですら、こんなに苦しいのに。


 袁紹が何も言えずにいると、関羽が後ろから張飛をたしなめた。


「言葉が過ぎるぞ、張飛!

 感情というのは本来、思うに任せぬものなのだ。

 人のことを言うくらいなら、おまえはおまえの酒癖を自分でどうにかできるのか?」

「うへっ……分かったよ兄貴」


 痛いところを突いた一言に、張飛は一瞬でしおらしくなった。

 そこでやっと、劉備が口を開く。


「袁紹殿の苦心、お察し申し上げます。

 名家の当主などはしがらみも多いもの、それゆえの心労も多かったのでしょう」


 劉備は優しげに眼を細め、袁紹に頭を下げる。


「そのためにこのような事態になってしまったのであれば、それは袁紹殿の意に沿わぬことです。

 あなたの本心がこれを望まぬのであれば、私に手助けを拒む理由はありません。

 微力ながら、力をお貸しいたしましょう」


 偽りのない慈悲が、そこにはあった。

 袁紹ははにかむように微笑みを浮かべ、劉備が差し出してきた手を握り返した。


「うむ、恩に着るぞ」


 返した袁紹の言葉もまた、生前とは違い、嘘偽りのないものだった。



 そうこうしているうちに、劉備たちは楼閣の一階に戻ってきていた。


 これで地上は全部の階を回ったはずなのだが、袁紹は足を止めなかった。

 正面の入り口とは反対方向にある、奥まった部屋に入っていく。


「袁紹殿、そこは……?」


 袁紹あとについて部屋に入った劉備は、中を見るなり絶句した。


  その部屋には、家具も装飾もなかった。

  殺風景な床の上に、無数の黒い影が転がっている。

  人の赤ん坊くらいの大きさのそれは、死んだように不気味な静寂の部屋を彩っていた。


「え、袁紹殿……それは一体……?」


 劉備が震える声で聞くと、袁紹は悲しそうにつぶやいた。


「父上が名門の当主でなかったら、わしもこうなっていたかもしれぬ」


「!?それはどういう…?」


 劉備の言葉が終わるのを待たずに、袁紹は床板の隙間に手をかけた。

 ほこりの積もった床板がごとりと動き、その下にさらなる闇が口を開ける。


  そこには、階段があった。

  どこまで続くとも分からない、下へ向かう階段。

  漆黒に塗りつぶされた穴の底から、この世のものならぬ瘴気が吹き上げてくるようだ。


 腕には自信のある劉備たちも、これには息をのんだ。


 袁紹は側にあった蝋燭に火を灯すと、自ら率先して穴の中に踏み込んだ。


「この先に、悪夢に染まったわしの片割れが待っておる。

 下は確かに恐ろしい場所だ、だがおぬしらなら来られるだろう」


 そこで一息ついて、袁紹は劉備に請うような視線を向けた。


「どうか、わしを信じて一緒に来てほしい。

 この悪夢はわし自身ではどうにもならぬ!

 おぬしらだけが頼りなのだ!!」


 しばし、静寂の時が流れた。


 劉備は少しの間義兄弟たちと視線を交わしていたが、やがて袁紹の方に向き直ってうなずいた。


「分かりました、参りましょう。

 あなたの真実を見届けることで、あなたが救われ、民がこの脅威から救われるならば」


 やはり、完全には信用されていない気がするが、それでも十分な答えだ。

 つまり袁紹は、民を脅威から救うために、救わねばならないと判断された訳だ。

 だが、それでも救ってもらえれば結果は同じことだ。


 袁紹は精一杯の感謝の笑みを浮かべ、劉備に告げた。


「すまぬ、死人の身でここまでしてもらえるとは、おぬしに想われる民は幸せであろう。

 わしももはや地上に守るものはない。

 ここからは隠し事なく、わしの真実の全てを見せよう!」


 これから冥府のごとく暗い穴に下りていくのに、袁紹の目には光が灯っていた。

 劉備の仁徳が、袁紹にも希望の光を与えてくれたのだ。


(そうだ、わしはもう名家を守らなくてもよい。

 この男に全てを晒して、今ここにいるわしを救ってもらうのだ!)


 袁紹は強い決意を胸に、自ら先頭になって階下の暗闇に身を沈めた。

 全てを晒し、真実を語れば救ってもらえる…その確信が何よりも彼を支えていた。


  たとえ真実を晒しても、

  それを相手が真実と認めるかどうかはまた別の話だが…。

  そんな考えは、今の袁紹の頭にはなかった。

 袁紹は生前、いろいろなことを隠し、周りと自分を欺いて生きてきました。

 自分を守るためだったとはいえ、欺かれていた方は当然袁紹に不信を抱いています。劉備にとっても、袁紹は本音で接していなかったため、素直に信じることはできない状態になっています。


 袁紹は劉備に全てを明かし、信じてもらおうと考えますが、うまくいくかどうかは読み進めてのお楽しみです。

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