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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第3章~劉備玄徳について
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劉備~愛惜の館にて(5)

 救ってほしいという袁紹の願いに、劉備は一応手を貸すことにします。

 多少の因縁はあっても、もともとそれほど仲が悪い訳ではないし、二人の利害が一致すれば両者細かいことは我慢できる人間だからです。


 しかし、細かい火種はずっと彼らの心の中でくすぶり続けています。特に袁紹の方は、劉備の傍らにいる男への烈火のような怒りをずっと我慢しているのですから。

「それで、どのようにすれば貴方は救われるのです?」


 時間が惜しいとでも言いたげに、劉備が率直に問う。

 以前の袁紹ならばここで怒り出すところだが、今は袁紹も善は急げの心境だった。


「割れてしまった魂が、再び一つになればよい。

 そのためには、このわしと片割れの両方に、慈悲をもって生きていていいと言ってもらわねばならぬ。

 今から片割れのところに案内しよう、詳しいことは道すがら話す」


 袁紹はそう言って劉備に歩み寄り、自ら部屋の出口に向かった。

 あとは劉備を片割れのところに連れて行けば、自分は救われるはずだ。


  大丈夫だ、許すのはお人よしな劉備の得意技なのだから。

  今度こそ、自分の人選に狂いはなかった。


 袁紹が部屋から出ようとしたとき、横から関羽が声をかけてきた。


「袁紹殿、一つ聞いてもよろしいか?」

「何だ?」


 すんなりと応じた袁紹の前で、関羽は部屋の中央にある豪華なベッドを指差した。

 正確には、赤茶けたカーテンに包まれたベッドの上だ。


「あそこに何かよからぬものの気配があるが、あれは息の根を止めずともよいのであろうか?」


 その質問に、袁紹の眉がぴくりと動いた。


  誰にでも、触れてほしくない部分はある。

  そこに構わず手を突っ込んでくる人間は、無関心よりずっとたちが悪いのかもしれない。


 袁紹は怒鳴りつけそうになったのを何とか飲み込んで、物憂げな顔で答えた。


「気にするな、ただの悪夢からこぼれた怪物だ。

 襲ってこぬものより、襲ってくるものを気にせよ。

 行くぞ!」


 袁紹が歩き出すと、劉備たちも一応素直についてきた。

 とりあえず、袁紹の大切なものは守られた……袁紹は心の中でそっと胸を撫で下ろした。



 背を向けて去っていく袁紹の後姿を、それは確かにカーテンの中から見守っていた。

 かすかに透けたカーテンの中で、大きな人影がうごめく。

 人にしては、明らかに大きすぎる影が。


  それに目があるかどうかは分からない。

  だが、視線に敵意はなかった。


 青白く細い指が、そっとカーテンをめくり上げる。


  見えなくなった袁紹の背中に、温かい眼差しが注がれる。

  それに顔があるかは分からないが……それは確かに優しくほほ笑んだ。


「イトしい……私の、本初……」



 部屋の外も、中と同様に血と錆に埋もれていた。

 しかも、ここに来るまでに怪物はほとんど倒したはずなのに、無傷の怪物たちが襲いかかってくる。

 まるで新しく生まれたかのように。


「来るぞ、右だ!」

「下がってください、袁紹殿!」


 怪物が現れると、関羽と張飛が前に出て相手をする。

 その間、劉備と袁紹は後方で身を固めている。

 と、劉備の背後でにわかに不吉な音がした。


  ねちねちと、何か粘っこいものがうごめくような音。


 気づいて振り向いた劉備は、おぞましい光景を目にすることになった。


  廊下を覆う赤い血の汚れが、意思あるもののように固まっていく。

  手も足もないのに盛り上がったかと思うと、いきなり表面が崩れだす。

  血の汚れが再び床に戻った時には、そこに一匹の怪物が生まれていた。


 劉備の顔から血の気が引いていく。

 あまりの嫌悪感に身をこばわらせた劉備に向かって、怪物は勢いよく走りだした。


「兄者、危ねえ!」


 とっさに張飛が劉備の前に出る。

 しかし、その必要はなかったようだ。

 怪物が狙ったのは、劉備ではなく袁紹の方だったのだ。


「っ……失せろ!」


 袁紹は一瞬驚いて目を見開いたが、すぐに気を取り直して迎え撃った。

 勢いよく飛びついてきた怪物の頭が、袁紹の剣にくいこむ。

 怪物はそれで短い生涯を終えた、しかし袁紹の方も勢いに耐え切れず背中から汚い床に倒れこんだ。


「あ……袁紹殿、大丈夫ですか?」


 張飛に守られたまま手を差し伸べる劉備を、袁紹はさっきよりずっと悪意のこもった目で見つめた。


  羨ましい、羨ましい、妬ましい!

  私だって、そんな時期はあったのに!

  あったのに…「  」のせいで!!


 袁紹の心中を感じ取ったのか、劉備がびくりと手を引きかける。

 袁紹はその手を取らずに、自分の手を床について立ち上がった。


「ふがいないところを見せたな!」


 自嘲するようにそう言って、袁紹は腹立ちまぎれに怪物を蹴とばした。


 自分が弱いのは、生前から嫌というほど分かっている。

 世間では武に長けているなどというが、それは一般の武将と同じくらいの意味だ。

 劉備の義兄弟のような全てを蹴散らせる強さなど、持ち合わせていない。


  だから劉備と同じように、あの二人と絆を結んでいたのに!

  それを奪った張本人に、自分は救いを請うしかなくて……。


 袁紹は気を紛らわすように、周りに散らばる怪物の残骸に視線を落とした。

 そして、気遣うように寄ってきた劉備に問う。


「もし、この怪物がわしの心から生まれたものであるとしたら、おぬしはわしをどうする?」

「えっ……!?」


 劉備は驚いた顔をしたが、怪物の出どころについてはすでに想像がついていただろう。

 驚いたのは、袁紹自身の口からその言葉が出たことだ。


  つまり、劉備は袁紹を偽りの多い人間だと思っている。


 自分はそこまで信用されていないのかと思うと、自然と笑みがこぼれた。

 この話の途中までで、2ちゃんねるで書きためていた分は終了です。

 これからも話は続いていきますが、これまで以上に更新が遅くなることをご了承のうえ、長い目で見てやってください。

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