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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第3章~劉備玄徳について
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劉備~霧の中にて(4)

 袁紹は今回もまた、劉備たちを悪夢の館に招きます。

 今回の館は前二章のどちらとも異なる場所で、前章とはまた別の悪夢がこめられています。しかし、この場所にこめられているのは、悪夢ではあっても袁紹にとって非常に大切な感情です。


 そしてその感情をあえて劉備たちに見せることで、袁紹はより確実に救ってもらおうとするのですが…。

 それから、劉備たちはあまり怪物に遭わなくなった。

 まるで何かが導いているように、前方の霧が時折薄くなる。


「あ、兄者!今、建物が…!」


 張飛が叫んだ。

 濃淡をつけてたなびく霧の隙間に、黒い楼閣の影がちらりとのぞいた。

 よく目をこらすと、いつの間にか道の両側にも建物が見える。


 どこからともなく、一陣の風が吹いた。

 とたんに霧が透けるように薄くなり、周りの建築物が姿を現す。


  そこは、華やかな廓が立ち並ぶ、花街のような場所だった。

  いつも美女が男を呼び込むはずの窓は閉まり、入口も全て固く閉ざされているものの、

  そこは間違いなく、男が欲を満たすために存在する街の形をしていた。


「遊郭か……」


 劉備は霧に紛れて、困ったようなばつが悪そうな顔をした。

 劉備も若い頃は、学問の傍らで時々こういうところで遊んでもいたのだが……。

 民を救い義を掲げる今の劉備にとって、ここはあまり好ましい場所ではなかった。


 立ち止まってしまった劉備をよそに、少年は突然すたすたと歩き出した。


「あ、おい、どこ行くんだよ!?」


 張飛が慌てて止めたが、少年の足は止まらない。

 揺れる霧の中に突き進みながら、少年はぽろりと口にした。


「お母さんがいるの」


「お母さん?」


 張飛が聞き返すと、少年は前を向いたまま答えた。


「うん、ぼくを産んでくれたお母さんだよ。

 育ててくれたお母さんじゃないよ」


 その言葉から、劉備はどうにか少年の生い立ちを悟った。

 この子は、この遊郭にいる女の子供なのだ。

 そしていつもはここから離れたところで、母親と引き離されて育っていたのだと。


  霧の向こうに、ひときわ高い屋根が見える。

  黒い塔のようにそびえるそれは、おそらくこの街で一番高級であろう楼閣の影だった。


 大通りの突き当たりに、その門はあった。

 これほどの異常事態にも関わらず、門は開きっぱなしになっている。

 そして誰か大事な人を迎えるかのように、きれいに掃き清められている。


「お母さん……」


 子供とは思えないほど感慨深げに、少年はつぶやいた。


 よほど会いたかったのだろう。

 少年は目にも留まらぬ速さで門の中に飛び込んでいった。


「あっ待て、一人では危険だ!」


 関羽が止めるのも聞かず、少年は楼閣の中に吸い込まれていく。

 劉備たちも慌てて、少年を追って門の中に駆け込んだ。

 直後、劉備たちの背後で門が勢いよく閉まった。


  確かに、外にも中にも誰もいなかったのに。

  門はまるで意志があるように、一瞬で固く閉ざされていた。


「ちょ、何だよこれ!?」


 張飛が慌てて門に手をかけ、体重をかけて力一杯押す。

 だが、門は微動だにせず、きしむ音すら立てない。


「これは、閉じ込められた……のか……?」


 劉備は唖然としてつぶやいた。


「罠、だったのかもしれませぬな」


 関羽がため息とともに漏らした。

 劉備はこっそりと肩を落として、心の中で最初からを振り返ってみた。


  確かに、少しおかしかったのかもしれない。

  こんな異常事態のただ中に、他の人が誰もいないのにあんな子供だけがいて。

  拾ったとたんに大量の怪物に襲われて、子供についてこの楼閣に引き込まれて。


 だが、それでも目に前に困った人間が現れると放っておけないのが劉備の性分だ。

 これまでにも、そうやって情に訴えられてはめられたことはそれなりにある。

 よく考えれば今回もその繰り返しかと、劉備は唇を噛んだ。


  自分には悪意なんてなかったのに、いつの間にか命を狙われていた。

  そういう事は、劉備の人生の中で何度もあった。


 例えば、徐州で呂布を受け入れた時。

 例えば、曹操の配下として都に凱旋した時。

 ちょっと前、河北の袁紹の元にいた時もそれに近かった気がする。


「いい加減、私も学ばねばならぬか……」


 守ってくれる関羽と張飛のことを思って、劉備は静かに自分に言い聞かせた。


「とにかく、出られぬ以上ここにいても仕方がない。

 今はこの廓を調べてみるしかあるまい」


 劉備はそう言って、霧にかすむ楼閣を見上げた。

 関羽もそれに答えて、青龍刀を握りなおす。


「そうですな、我らをここに引き込んだという事は、怪異の元凶はここにいるはず。

 元を断てば、この怪異も治まるでしょう」


 三人はうなずき合って、妖気漂う楼閣に足を踏み入れた。


  楼閣の主がどんなつもりでこの門を開いたのか、その訳を完全に履き違えたままで。

 劉備は一時的に袁紹のもとにいましたが、結局いづらくなって劉備の方から袁紹を欺いて出ていくという結果に終わっています。


 そのため、劉備は袁紹という人物にあまりいいイメージをもっていません。

 表向きは穏やかでも、すぐ人を疑いあらぬ罪を着せようとする…なぜ劉備があらぬ疑いをかけられたかは、後に語られます。三国志ファンの方なら、すでに知っているかもしれません。

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