劉備~霧の中にて(3)
劉備が前の二人と異なる点は、優しいだけではありません。
劉備は一人ではなく、関羽と張飛が一緒に戦ってくれるのです。その二人が一騎当千の豪傑であるせいで、劉備たちは多少の怪物ではびくともしません。チートといえるくらいの強さで、倒せるものであれば軽く蹴散らしてしまいます。
そのせいで、今回のエンディングは前章とはなかり異なる予定ですが…。
「とにかく、どこか安全な場所を見つけた方がよさそうだな」
関羽が、霧の中をにらみながら言った。
劉備も、少年を抱き寄せるようにしてうなずく。
「うむ、我々だけならまだ何とかなるが、この子をどこかに避難させなければ。
かといって、この霧の中建物も容易に見つかるまい。
安全な場所が見つかるまで、この子を守って歩くしかあるまい」
「ちっ、しょうがねえな!」
張飛のその答えに、少年は少しだけ安堵した表情を浮かべた。
だが、その奥にあるかすかな嫉妬の眼差しは、霧のベールに隠れて劉備たちには見えなかった。
劉備たちは、しばらく霧の中を歩いた。
三人で子供を守るように囲み、子供に歩調を合わせて進んでいく。
まさに、民を守る君主の鑑だ。
「大丈夫か、辛いなら休んでも良いぞ」
時々、こんな優しい言葉までかけてくれる。
少年はそんな劉備の愛情に、照れたようなすまなさそうな微笑を浮かべた。
今まで、自分が子供の時にこんなに優しくしてくれた人間がいただろうか。
こんな風に心を温めてくれる人間が……。
自分が知っているのは、その逆の方が多かったのに。
(ああ、やはり世の評価は間違っておらぬ。
この男は、優しい……!)
少年の手が、きゅっと劉備の手を握った。
劉備はそんな少年を抱きかかえるように、歩みを止めて前を見据える。
「大丈夫だ、必ず守ってあげるからね」
劉備の視線の先には、ゆらゆらと近寄ってくる怪物たちの姿があった。
関羽と張飛が、得物を構えて前に出る。
先頭にいた犬の怪物が、霧を裂いて飛び掛った。
「いくぞ張飛!」
「おう、兄者!」
勇ましいかけ声とともに、まずは張飛が鋭い突きで狂犬を打ち払う。
狂犬は何匹も襲い掛かってくるが、張飛は落ち着いた表情でそれぞれを空中で打ち落としていく。
犬の後から歩いてくる人形は、関羽が偃月刀で一気になぎ払う。
しかし、怪物が来るのは前方だけではない。
少年を守る劉備の背後から、霧に紛れて人形が忍び寄る。
「危ない!!」
ふいにすぐ後ろで響いた金属音に、少年ははっと顔を上げた。
振り向くとそこには、人形の振り下ろす包丁を見事に受け止めている劉備の姿があった。
だが、直前まで気付かなかったらしく体勢はよくない。
受け止めてはいるものの、これでは反撃できそうもない。
突然、劉備は剣を持つ手を片方放した。
そして目にもとまらぬ速さで鎧の下に突っ込み、隠し持っていた短剣を抜き放つ。
「くらえっ!!」
相手の攻撃を止めたまま、劉備は人形の懐に短剣を突き立てた。
哀れな人形はか細い悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちるしかなかった。
数分後、怪物たちは皆地面に伏して動かなくなっていた。
「ほら、もう大丈夫だよ」
劉備は柔らかな微笑みを浮かべて、少年の頭を撫でる。
それにつられて、少年の顔にも自然と笑みが広がる。
「おじさん、強いんだね!」
そう、劉備たちは強い。
劉備一人ではそう強くもないのかもしれないが、関羽と張飛という豪傑が常に守ってくれている。
一人一人の強さが、絆によってからみ合い何倍もの力を発揮する。
その絆が、まぶしく、そして羨ましかった。
もし自分もそこに混ぜてもらえたなら、きっと救われるような気がした。
「おじさんは、ぼくを救ってくれるよね……。
この地獄から、助けてくれるよね……」
期待に目を潤ませた少年の問に、劉備は自信たっぷりに答えた。
「ああ、必ず助けてあげるからね。
決して、君を見捨てたりしないよ」
血と膿と錆にまみれた世界で、裏の袁紹は少しだけ顔をしかめた。
(むう、あの数をいとも簡単にこなすとは……。
さすがに玄徳は前の二人とは違うな)
迎えにいった自分を拾ったところで多数の怪物に襲わせるのは、相手の覚悟を試す試練のようなものだ。
これまで、公孫瓚も袁譚もそこで自分を放り出して逃げている。
ここで違う反応を見られたというだけで、袁紹の心は大きく揺らいでいた。
もし、本当に劉備が他の二人とは違う結末を見せてくれるなら、
もし、劉備が自分を地獄から救い出してくれるなら、
この楽しい復讐劇もすぐ終わりになるのかもしれない。
(全く、寂しいものだな)
暗い感情の塊である裏の袁紹にとって、今の状態は復讐の絶好の機会だった。
自分が救われてしまえば、袁紹は結局生前にためた恨みを晴らせないまま終わることになる。
表の袁紹には悪いが、それは少しもったいない気がした。
それに……正直、袁紹が劉備に対して抱いている感情はいいものばかりではない。
特に、劉備が二人の豪傑を従えているところを見ると、胸を焦がす業火のような感情がせり上がってくる。
かつて、袁紹の側にも二人の豪傑がいた。
袁紹は彼らを、心から信頼して支え合っていた。
それを奪ったのは……。
あの時のことを思い出すと、今すぐにでも劉備を殺しに行きたくなる。
しかし、それでは自分は救われないのだ。
今はこの感情を抑えて、自分を救ってもらわなくてはならない。
(まあ、仕方がないか……わしとて地獄に落ちるのを望む訳ではない。
劉備がわしを救えるというのなら、なるように任せるか)
今の袁紹にとって、劉備は久しぶりに見た大きな希望だ。
自分を救ってくれるならそれほど妨害はすまいと、裏の袁紹は闇の中で静かに思った。
劉備の態度が優しいと、袁紹の態度もそれに応じて優しくなります。
裏の袁紹は怪物の出現をある程度制御できるため、裏の袁紹の敵意を弱めることができれば怪物は少なくなります。袁譚の時とは正反対の現象です。
ただし、裏の袁紹は暗い感情の塊であるため、その敵意や疑心を完全に取り去ることはできませんが。