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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第3章~劉備玄徳について
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劉備~霧の中にて(1)

 袁紹はついに生きた人間を悪夢に引き込むようになり、最初の客として劉備玄徳を選びました。

 袁紹と劉備の間にはいくつか因縁がありますが、実際に劉備が袁紹の側にいたのは非常に短い時間です。そのため、劉備は袁紹のことを公孫瓚以上によく知りません。何も知らない劉備が袁紹の悪夢を前に何を思うのか、それもこの章の鍵となります。

「どうどう……」


 劉備はゆっくりと馬を止めて、後ろを振り返った。

 霧の中に、かすかに大柄な影が浮かぶ。


「関羽、張飛、固まって歩こう!

 この霧では、もはや馬で移動するのは危険だ。」


「分かった、兄者!」


 劉備はひらりと馬から下り、霧を掻き分けるように二人のもとへ歩いた。

 一面白い視界の中、行き先に手を伸ばして探りながら歩く。

 不意に、その手が温かい別の手に触れた。


「兄貴!」


 それは、張飛の手だった。

 そのうち張飛の側にいた関羽も姿を現し、三人はほっと一息ついた。


  いくら戦場を渡り歩いてきた劉備とはいえ、ここまでの異常事態は初めてだった。

  馬に乗って走っているだけで、バラバラにされそうな霧の迷宮……。

  昔黄巾賊討伐で相手にした妖術使いでも、ここまではしなかった。


 劉備たちはとりあえず、馬を近くの木につないでそろそろと歩き始めた。


「どこかに民家でもあればよいが……」


 不安げにつぶやく劉備の両側で、関羽と張飛が霧の中に目をこらす。

 武器を前に伸ばせば先端がかすむほど、その霧はすさまじかった。


  ただ白く、何も見えない。

  明日をも知れぬ状況に慣れている劉備たちも、さすがに気味悪さを覚えた。


 湿った空気に、三人の足音だけが響く。

 歩けども歩けども真っ白で、本当に自分達が移動しているのかすら分からなくなってくる。


  不意に、霧の中に犬らしき遠吠えが響いた。


「おお、人がいるのかもしれぬ!」


 久しぶりに聞いた自分たち以外の音に、劉備の表情がぱっと明るくなった。

 犬はだいたい人里にいるものである。

 この犬が自分の居所を他の者に知らせてくれるかもしれない……劉備の足は自然と、その声が聞こえた方に向かっていた。


 肌を撫でて流れる霧を掻き分けて、劉備たちは歩いた。

 犬の声は、だいぶ近くなってきた。


「関羽、張飛、見落とすでないぞ!」


 二人の義弟に注意を促して、自らも霧の中に目をこらす。

 すぐ数メートル先で、おうおうと吼える声がする。

 それは、喜びを感じさせる声だった。


 突如、霧の狭間に黒い影が映った。

 形は確かに犬のようで、こちらを見て尻尾を振っている。


  その影が、突然劉備に向かって走り出した。


「あっ!?」


 劉備が向き直る間もなく、犬は劉備に向かって突っ込んでいく。

 そして大きく飛び上がると、口が裂けたかと思えるほどの大口を開けた。

 まさか攻撃されるとは思っていなかった劉備には、身をかわす余裕などなかった。


 その瞬間、劉備の耳元でぶんっと風を切る音がした。


「おりゃああ!」


 犬の牙より早く、張飛の蛇矛が犬の頭をかち割る。

 犬はきゃいんと情けない声をあげて、どさりと地面に転がった。


「おお、助かったぞ張飛!」


 戦闘でこの二人に助けられるのは、劉備にとってよくあることだ。

 しかし、それでもいちいちお礼を言うのを劉備は忘れない。

 それもまた、劉備の徳によるものだ。


  その言葉一つで、関羽と張飛はこれからも劉備に尽くそうという気になる。


「へへっ兄貴の相手はあんな獣じゃねえだろ?」


 張飛が照れたように鼻をこすりながら言う。

 だが、そのほがらかな義兄弟のひと時は、そう長くは続かなかった。


「兄者、これは……」


 関羽が、柄にもなく困惑した声を漏らした。

 劉備と張飛が振り向くと、関羽は青ざめた顔を上げた。

 関羽の足元には、たった今倒した狂犬が転がっている。


「どうした、関羽?」


 劉備は少しいぶかしんで、関羽に歩み寄った。

 一歩進むごとに、霧のベールがはがれて狂犬の姿が露わになる。


「ああっ!!?」


 その狂犬の真の姿を目にしたとたん、劉備は思わず悲鳴を上げた。


  有刺鉄線がからみつき、血にまみれたいたましい皮膚。

  目があるはずの場所には有刺鉄線が生えているのみで、目がそこにあった痕跡はない。

  口は、普通の犬の口をさらに上下に無理矢理引き裂いたように裂けていた。


 明らかに、普通の犬ではない。

 いや、この世のものと思えない。

 劉備はこの未知なる恐怖に、一瞬気圧されて立ち尽くしてしまった。


「何だよ、これ……?」


 張飛があっけにとられたようにつぶやく。

 しかし、答えられる者はいない。


  劉備たちのうち、誰一人として今までこんな生き物を見たことがない。

  妖怪や妖術の話を聞いたことはあっても、現実に目にするのはこれが初めてだ。


 劉備の背筋を、ぞっとする何かが駆け抜けた。

 まるで自分たちが、今まで自分たちがいたのとは全く別の世界に迷い込んでしまったような……。


 霧の中から、また不気味な唸り声が響く。

 劉備は周りを固めている二人に、できるだけ落ち着いた声で指示した。


「関羽、張飛、一層警戒してくれ。

 霧が晴れるまで、気を抜くでないぞ!」


 元来た道を戻れないのは、もう分かっている。

 真っ白に視界を遮る霧は、もはや方向感覚すらも奪い去っていた。

 だったらとにかく歩いて何かを見つけ、機に応じて対処するまでだ。


  冷たく湿った霧が、劉備のほおをいとおしむように撫でる。

  その感覚に思わず小さく身震いして、劉備は霧の中に踏み出した。

 劉備が袁紹のことを知らないように、袁紹もまた劉備のことをよく知りません。ただ、劉備が行く先々で人々に歓迎され、民を救うという信念のもとに行動していることくらいは耳に入っています。

 だから袁紹は「救ってもらう」という目的のために劉備を選んだのですが…それがどのような結果になるかは、読み進めてのお楽しみです。

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