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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第2章~袁譚顕思について
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袁譚~悔恨の館にて(7)

 記憶の再生がとぎれて、ついにボス戦です。

 これまで自分が名家の嫡子であることに驕り、高貴な血筋だから持ち上げられて当たり前と思って生きてきた袁譚に、高貴な血筋だからこその悪夢に縛られた女の妄執が襲いかかります。

 果たして袁譚は、無事に勝利し脱出することができるのでしょうか。

「かわいい、私の子……」


 ようやく幻覚から開放された袁譚の耳に、祖母の若い声が響いた。

 目の前に、艶やかな着物のすそが見える。


「祖母上……?」


 信じられないながらも顔を上げた袁譚は、一瞬で凍りついた。

 目の前で袁譚を見下ろしていたのは、明らかに人間ではありえない姿をしていた。


  彼女の、首から下は人間の形をしていた。

  しかし、首から上はこの世の生物とは思えない禍々しさを放っていた。


 彼女の顔は、真っ白でつるつるしてのっぺらぼうのようだった。

 そこに、真っ赤な紅をさした、妙に上品な口だけが存在している。

 そして頭から伸びる長い黒髪は、その一束一束が蛇のようにうねり、それぞれの先端は手になっていた。


「かわいい、ワタシの子……」


 袁譚を抱きしめようとするように、頭から伸びた無数の手が鉤爪のついた指を広げた。


 その瞬間、袁譚は無様に尻餅をついて叫んだ。


「うぎゃあああーーー!!!」


 袁譚は恐怖にすくんだ体を何とかばたばたと動かして、後ずさり始めた。

 それを見たとたん、怪物の口元が怒ったように歪む。


「お静かニナサい!!」


 怪物の叫びとともに、無数の手が袁譚の体をつかんだ。

 力が抜けて足腰立たない袁譚を、無理矢理立たせるように引っ張り上げる。


「そう、ワタシの言うトオリにすレばいいの……。

 かわいいワタシの子!」


 鋭い鉤爪が袁譚の体にぎりぎりと食い込む。


(そうか、こいつは……父上の中の祖母上なんだ!

 きっと父上には、祖母上がこんな風に見えていたんだ!!)


 袁譚は苦しい息の下でそれを悟ったが、もはやどうすることもできなかった。

 怪物は袁譚の足や腕をつかみ、恐怖で硬直しているそれを強引に動かそうとする。


「ぐっふっ……ひ、ぎぃいいい!!」


 袁譚が悲鳴を上げると、怪物は優しくたおやかな手つきで袁譚の顔を撫でた。


  母が子のほおを撫でる、丁寧なしぐさ。

  泣く子をあやそうとでもしているのだろうか。

  たとえそれが子にとって恐怖しか生まなくても、彼女の心に迷いはないのだ。


「は、放せこの化け物!

 放せっつってんだよ!!」


 袁譚はどうにか剣を握った手の手首だけを動かし、怪物の髪から伸びる手に斬り付けた。

 その手は予想に反して、豆腐のように柔らかく、すんなりと切れた。


「ああアァ……!!」


 怪物がか細い悲鳴を上げる。

 袁譚はその声に少しだけ罪悪感を覚えたが、それはさらなる悪夢の始まりに過ぎなかった。


 怪物は痛みに身を悶えながら、それでも凛とした口元を袁譚に向けた。


「諦めまセん……いかに拒まれヨウと、ワタシは……!

 ワタシは、袁家の母!!

 おまえは何がナンデモ、ワタシの子になるのデス!!」


 怪物の叫びとともに、切ったばかりの傷口がぼこりと盛り上がった。

 ゆらゆらとうねる髪の束が伸びて、切り口からメキメキと新しい手が生えてくる。


  それは、執念だ。

  子を孕めなかった彼女の、袁紹にかける執念の手なのだ。


 さすがの袁譚もこれには驚いた。


「う、うわ、放せ放せよおぉ!!」


 暴れる袁譚に腹を立てたのか、怪物が普通に肩から生えた手を袁譚に向かって突き出す。

 上品な着物の袖から、透けるように白い肌がのぞいた。

 と、突然その肌が不自然な形に盛り上がった。


「コレはワタシの役目……ワタシを縛る鎖……今度はアナタが、ワタシの身代わりになって頂戴!」


 白い肌を破って血糊とともに現れたのは、太い鎖だった。

 先に重たそうな分銅までぶら下がっている。


  そう、彼女自身も、名家の役割に囚われた身なのだ。

  だから今度はその鎖を子供に押し付けて、自分は楽になろうというのだ。


 痛々しく自身の血に濡れた何本もの鎖を、怪物は袁譚めがけて振りかぶった。

 重い金属音とともに、冷徹な分銅が袁譚に迫る。

 すでに他の怪物どもに散々傷つけられ、満身創痍の袁譚には、ひとたまりもなかった。


  どす黒い鉄の塊が、無慈悲に打ち込まれる。

  時折袁譚の体から響く鈍い音は、骨が折れる音なのだろう。


「ひゅっ……ぐぎぃ……!」


 断末魔の悲鳴すら無残にとぎれさせて、袁譚の意識は奈落の底に落ちていった。

 ただ怪物の叱咤する声だけが、袁譚の耳に残っていた。



  誰かがおれを引きずっている……。


 袁譚の意識がかすかに浮上した時、袁譚は襟首を何者かにつかまれて引きずられていた。

 もちろん袁譚を助けるつもりなどない。

 墓から掘り出した死体を無理矢理連れ歩くような、強引な手だ。


「譚よ……」


 その手の先から、父の声がした。

 だが、抵抗するのもおっくうなほど、袁譚は疲れ果てていた。

 体中がバラバラになったように痛くて、指一本動かせなかった。

 哀れ、袁譚は祖母の幻影に勝てず、逆に倒されてしまいました。

 しかし、死人は死なないため、負けてもここで終わりにはなりません。


 袁紹は動けなくなった息子を引きずって、どこに連れて行くのでしょう。次回、表と裏、二人の袁紹の袁譚への思いが語られます。

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