袁譚~悔恨の館にて(5)
スーパー悪夢ターイム!!!
時を超えた手紙や他人の記憶の追体験はサイレントヒルでもよく使われている手法です。今回は残酷&恐怖描写が当社比150%で、袁紹の過去の悪夢が暴きだされます。
追いつめられる袁譚の恐怖をじっくり味わってやってください。
血塗られた廊下を、袁譚は必死で走っていた。
足を踏み出すたびに、床を覆う血と膿が何ともいえない感触でねばりつく。
「はあ、はあ、はあ!!」
前方から、背後の扉から、横道から、次々と怪物が襲い掛かってくる。
なりふり構わずに必死で切り払って、傷つきながらも走り続ける。
だが、それも無駄な抵抗にすぎなかった。
自分が父を拒絶し、蔑んだ時点で、もう運命は決まっているのだ。
「譚~どこにいるのだ?」
後ろから、父の声が響いてきた。
「おまえはわしに会いたかったのだろ?
たっぷり相手をしてやるぞ。
さあ、親子で一騎打ちだ!!」
その声には、喜びすらにじんでいた。
父は、自分を追い詰めることを心底楽しんでいるのだ。
床がぎしぎしときしみ、足音が迫ってくる。
袁譚は大慌てで横道に入って姿をくらまし、どうにか父をまこうとした。
そして、怪物がいないのを確認して厠に隠れたとたん、世界が歪んで幻を見た。
後ろから、誰かが自分の頭をつかんでいる。
汚物にまみれた厠の穴が、目の前にある。
鼻をつく悪臭が胃の中まで入り込んで、吐き気を催してくる。
「おい、手を放すんじゃないぞ」
背後で、誰かが言った。
「袁家の恥とはいえ、一応長男だからな。
本当に糞尿に落としたりしたら、袁逢様にどんな仕置きをされるか」
「でもよう、奥様はこいつを痛めつけたくてたまらないんだろ?
だからって、何でおれたちがこんな臭い所に一緒にいてやらなきゃいけねえんだ。
……このガキさえいなければなあ!」
別の男の声が聞こえ、頭に爪が食い込む。
彼はただ、強烈な悪臭と吐き気をこらえながら、屈辱にまみれた時間を過ごすしかなかった。
その恐怖と苦痛が、現実のもののように袁譚を貫く。
体をかがめて嗚咽しながら、袁譚は悟った。
これは父の記憶なのだ、と。
気がつけば、目の前に何かがうごめいていた。
よく見れば、先程臭い体液を撒き散らしていたのと同じ怪物ではないか。
(こいつ……もしかしてここで生まれたのか?)
太いミミズのような姿でのたうつそれは、目も鼻も無残に縫い付けられて塞がれていた。
もしかしたら、こいつらは父上の苦痛が生み出したもの?
袁譚がそれを考えたとたんに、扉のすぐ近くで父の声がした。
「どうした譚、一騎打ちが怖いのか?
仕方がないだろう、ここの怪物は全てわしの一部なのだから。
それも含めて一騎打ちだ!」
袁譚は震え上がった。
父が、すぐそばにいるのだ。
厠には、扉が一つしかない。
気付かれて先手を打たれたら、逃げ場がない。
袁譚は悲鳴をあげたいのを必死でこらえて、父の足音が過ぎ去るのを待った。
どのくらい時間が経っただろう、袁譚は耳を澄まして遠ざかっていく足音を聞いていた。
目の前の怪物は、さっきからじりじりと近寄ってきている。
本当はもう少し父上が遠くに行ってくれるとありがたいんだけど……。
(潮時か。
たぶん今なら大丈夫なはず……!)
袁譚は一息ついて、勢いよく扉を開けて厠を飛び出した。
とたんに、周りをうろついていた犬の怪物が一斉に飛び掛ってきた。
「し、しまった……!!」
それでも走りぬけようとする袁譚の体を、悪意に満ちた鋭い爪と牙がかすめる。
その瞬間、袁譚はまた幻を見た。
頭から、肉料理の食べかすをかぶっていた。
後ろから、その臭いをかぎつけた犬たちが追いかけてくる。
まだ子供であった袁紹の、己の体より大きくて怖い犬たちが。
それでも大人から見れば小さめの犬なのは、袁紹が間違っても命を落とさないようにとの配慮なのだろう。
あの気にくわないおばさん……袁術おじさんの母上がやったんだ。
そう考えると、確かに父上はかわいそうなのかもしれない。
(あんな目に遭わされたなら、名門を憎んでもしょうがないのかも……)
何とか幻覚を振り切って、袁譚はかすかにそう思った。
これほど無神経な袁譚にもそう思わせるほど、この記憶にこめられた恐怖は大きかった。
それからも、袁譚は家のあちこちで袁紹の忌まわしい記憶を味わった。
命令ですから我慢してくださいねと、袁紹を囲んで痛めつける召使たち。
父袁逢がいない夜の孤独と恐怖。
先の見えない霧につつまれたような毎日。
袁譚はそのたびに怪物に傷つけられながら、それでも自分を信じて逃げ回った。
自分は何も悪いことをしていない。
だって、父上を傷つけたのは袁術おじさんとその母上じゃないか。
だったら自分が罰を受ける理由なんて、これっぽっちもないはずだ。
今回紹介された袁紹の悪夢で、それぞれのクリーチャーがどのような意味をもっているか分かっていただけたと思います。全ては名家のしがらみによって袁紹が体験した地獄の日々に通じています。
そんな父の思い出を追体験させられながらも、まだ自分の潔白を信じ続ける袁譚…次回は、袁譚の運命を決めた最初にして最大の過ちが語られます。