公孫瓚~易京楼にて(1)
ついに袁紹が縁の深い人物を悪夢に招いて、本編の始まりです。最初は袁紹と河北で争って敗れた公孫瓚、あまり知られていない人物なので紹介を置いておきます。
公孫瓚・伯珪 生年? 没年199年
後漢末期に河北の一部を支配していた豪族で、袁紹と長いこと戦い続け、一時は優勢であったが押し返されて敗れた。武人としては優秀だが、政治は下手だったらしい。最期は易京楼という巨大な城砦を作って籠城したが、袁紹軍が地下道を掘って侵入したため落城、妻子を殺して自害した。一時的に劉備を配下にしていたことがある。
「はぁ、はぁ、何とか助かったか。
しかし、ここはどこだ?」
公孫瓚は一人、霧に包まれた城の中を歩いていた。
部下はおろか、人が一人も見当たらない。
確か、自分は袁紹軍に攻められて、この易京楼で籠城していたはず。
それからどうなったのか……考えようとしても記憶がはっきりしない。
この濃厚な霧のように、肝心なところが思い出せない。
(うーむ分からん、袁紹軍は引き上げたのか?
それにしても、静か過ぎる)
とにかく誰か人を見つけなければ……公孫瓚は市街地に向かって歩いた。
しかし、行けども行けども人の姿はない。
「だ、誰かおらぬのかぁ!」
公孫瓚は不安にかられて叫んだ。
その時、霧の向こうにちらりと人影が見えた気がした。
「あっおい待て!」
公孫瓚が呼びかけると、その人は立ち止まって振り向いた。
まだ小さな男の子だ。年は、十歳くらいだろうか。
(子供か……事情は聞けぬが、放置する訳にもいくまい)
公孫瓚は少し落胆しながらも、少年を招き寄せた。
それが悪夢の使者であるとも知らずに……。
袁紹は血と錆と膿にまみれた世界から、それを見ていた。
ほう、公孫瓚は”私”を見つけたか。
とりあえず、第一段階はクリアした。
子供を放置したり攻撃したりするようでは話にならない。
しかし、だからといって望む結果が出るとは限らぬぞ。
人はたいてい、裏切るものだから。
少年はかすかに憂いを帯びた笑みを浮かべて、公孫瓚に歩み寄った。
「君、何が起こったか分かるかい?」
公孫瓚はありきたりな質問を子供に投げかけた。
少年はこくりと首をかしげる。
「気がついたら、真っ白で……。
ねえお侍さん、助けて。犬が追ってくるの」
「犬?」
公孫瓚が耳を澄ますと、確かにどこかで遠吠えのような声が聞こえる。
(おかしいな、籠城のために犬を飼うのは禁止したはずだが……?)
公孫瓚は首をかしげた。
家を一軒一軒訪ねさせたのだから、犬は一匹もいないはずなのだが。
しかし、いるものは駆除しなければならない。
公孫瓚は未だに日常の考えに囚われていた。
(それに、子供を襲う犬を放ってはおけぬ)
公孫瓚はちらりとすがってきた少年を見た。
ふしぎな事に、その顔をどこかで知っているような気がした。
「おぬし、どこかでわしに会ったことはないか?」
公孫瓚は少年に聞いた。
すると、少年はおかしそうに笑って答えた。
「当たり前だよ、お侍さんはこの城のお殿様だもの」
民の一人として、どこかで顔を合わせたのかもしれない。
少年が言ったのはそういう意味だろう。
しかし、公孫瓚はどうも釈然としなかった。
もう少し訊ねてみようと思ったが、その時間は与えられなかった。
すぐ近くで、犬の唸り声が聞こえたのだ。
「む、こっちか!?」
公孫瓚が振り返ると、霧の向こうからのっそりと何かが近寄ってきた。
霧の向こうに現れた影は、大型犬のものだった。
しかし、その姿は犬とはとても思えなかった。
皮がびりびりに破れて醜くはげ、赤黒い血肉が露出している。
しかも体に有刺鉄線が巻きつけられ、根元はなんと目から出ている。
さらに、普通の犬ではあり得ないような大きな歯をぎらぎらさせている。
明らかに、公孫瓚が思い浮かべた犬ではなかった。
「助けてぇ!!」
少年が青くなって公孫瓚にしがみつく。
公孫瓚は剣を抜いて、目の前の怪物と対峙した。
(な、何なのだこれは……!
このような恐ろしい生き物は、生まれてこのかた見たことがないぞ!!)
犬の怪物は不気味な唸り声をたてて公孫瓚に飛び掛った。
「グァオ!!」
「せええい!!」
公孫瓚の振り下ろした剣が怪物の頭を切り裂く。
キャインと情けない声をあげて、怪物は地面に倒れ伏した。
体をざっくり切られても、怪物はまだ唸り声を立て、びくびくと蠢いていた。
公孫瓚は怪物を踏みつけ、急いでとどめを刺した。
「な、何なのだこの生き物は……!」
公孫瓚は思わずつぶやいた。
自分の城の中に、こんなものがいるのが信じられなかった。
いや、この世にこんなものがいるのが信じられなかった。
公孫瓚はなぜこんなものがいるのか必死で考えようとした。
しかし、答が見つかる訳がない。
公孫瓚はこれまでの記憶すらはっきりしないのだ。
確かなのは、袁紹軍に攻められて籠城していたことだけ……。
それを思い出したとたんに、公孫瓚は一つの答を思いついた。
「そうか、袁紹のしわざか……!」
思えば、袁紹は悪辣な男だ。
あの男なら、身の毛がよだつような生き物を放つような暴挙に出てもおかしくない。
(つまり、袁紹はこいつを何らかの方法で城内に放ち、住民はそれを恐れて避難したか袁紹に降ってしまったと。
……なんとひどい男だ!!)
公孫瓚は一瞬でそう決め付けて、憤怒にかられた。
袁紹は血と膿と錆にまみれた世界で、少し顔をしかめた。
全部が正解ではないが、あまり間違ってはいないことが腹立たしかった。
ふん、まさかあのような愚かな男に気付かれるとはな。
偶然とはいえ、気分が悪い。
自分がこの世界に何をしたか、袁紹にもそれは分かっていた。
まず名前が読みにくいですね、すみません。
でも本名がこれだから仕方ありません。
書き溜めてあるところまでは、早めに投稿していきます。