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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第2章~袁譚顕思について
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袁譚~悔恨の館にて(1)

 さて、袁譚が悪夢の館に閉じ込められてしまいました。


 公孫瓚編でも悪夢の館は出てきましたが、今回の館はそれとはまた別です。袁紹が悪夢を顕在化させた館は複数あり、それぞれに含んでいる悪夢の成分が異なります。それでも共通のクリーチャーは出現するので、今回は公孫瓚編で出現したクリーチャーの言葉を袁譚が正しく訳してくれます。

 袁譚は、ともかく家の中を歩き回ってみることにした。

 あれだけ固く門が閉まっていれば、外の怪物は中に入っては来られないだろう。

 ならば、外に出る方法は休みながらゆっくり考えればいい。


  しかし、その甘い考えはすぐに打ち破られた。


 怪物は、家の中にもいたのだ。

 しかも外にはいなかった、口がばかでかい人型の怪物までいた。


 それはぼろきれのように破れ果てた着衣をまとった、白けた肌の怪物だった。

 腐ったような臭いのする息とともに、モゴモゴと何かをつぶやく。


「ショウのくせニ……けがらわシイ……」


 それを聞いたとたん、袁譚の頭の中で古い記憶がフラッシュバックした。

 怪物が何を言っているかは、瞬時に解読できてしまった。


  娼のくせに、汚らわしい!


 それは袁譚が幼い頃、汝南の実家で聞いた言葉だ。

 まだ袁譚が物心ついたばかりの頃、つい遅くまで起きていた時に偶然耳にした。

 袁家の重鎮である白けた肌で太り気味の男が、父に向かって言い放った言葉だ。


  娼って、何?

  なんで父上が言われるの?


 それからしばらくして、袁譚は父の本当の生まれを知った。


  父は袁家の当主、袁成の嫡子ではない。

  本当は、袁逢が娼婦に産ませた子供だったんだ。


 それを知ったとたん、袁譚は体中をかきむしりたいほどの嫌悪感に襲われた。

 あんな汚らわしい下賤の血が、自分の体にも流れている……?

 生まれた時から袁家の嫡子として育ってきた袁譚には、耐え難い屈辱だった。


  そのやり場のない怒りは、自然と父に向かった。

  すなわち……父上が自分を汚したんだ、と。


 それから袁譚は、心の底で父を軽んじるようになった。

 ただ、現状で父に逆らうとまずいので表には出さなかったはずだが……。


 怪物の言葉は、袁譚にとってこの上なく不快な記憶を呼び起こさせた。

 袁譚は激昂して、怪物の口に剣を突っ込む。


「人間じゃないなら黙ってろ!!」


 しかし、怪物は喉を貫かれながらも、鋭い爪で袁譚の体を引っかいた。

 幸い胴体は鎧が覆っているので大した傷にはならないが、袁譚はひどい恐怖を覚えた。


  生命力もさることながら……怪物の自分を傷つけようとする執念が恐ろしかった。


「はあ……はあ……ちくしょう!!」


 袁譚は夢中で怪物を切り刻んだ。

 さっきの召使の怪物といい、なぜこの怪物たちは自分の過去を掘り返すのだろう。

 見ず知らずの化け物の方が、よっぽど気楽だったに違いない。


(こいつらの出所は、一体……?)


 それを考えると、袁譚は身の気がよだつような感覚に襲われた。

 この怪物たちを生み出している者がいるとすれば、そいつは袁譚の近しい人物であるに違いない。

 でなければ、どうしてこんな手の込んだ嫌がらせができるものか。


(袁家に恨みをもつ人物……か……?)


 袁譚は反射的にそう思った。

 だが、それが自分の家族だとは思わなかった。


  自分をひどく苦しめるこの悪夢が、よもや自分を生み出したのと、

  同じ親から生み出されたなどとは……。


 袁譚は、館の中を歩き回った。

 館の中はだいたい袁譚の記憶に似通っていたが、異なる部分も各所にあった。

 例えば、庭に植えられた木が小さかったり、自分の部屋がなかったり。


  まるで、袁譚がいなかった時のように。

  袁譚の存在とつながる痕跡はことごとく存在しなかった。


(何だ、これ……?

 ここは、おれがいない袁家……?)


 そんな中、袁譚は祖母の部屋を見つけた。

 その部屋は、雰囲気的に老人の部屋とは思えなかった。

 一言で言えば、若いのだ。


(違う、おれが知ってるこの部屋はこんなんじゃなかった!)


 ただ、祖母にも若い頃があったことは袁譚の頭でも想像がついた。

 もしかしたら、ここを生み出した主は、過去の袁家を知っているのかもしれない。


 その部屋には、怪物はいなかった。

 袁譚は休憩も兼ねて腰を下ろし、ふとそばにあった手紙に手を伸ばした。

 筆跡は、間違いなく祖母のものだ。


<袁逢様へ

 率直に申しますと、私はあの子を甘やかしたくなかったのです。

 あの女のように、ただ暴力を振るった訳ではありませんわ。

 あれは、れっきとした躾の一環なのです>


 袁譚には意味の分からない内容だったが、袁譚はとりあえず読み進めた。


<私もできる事なら、あの子を傷つけたくはありません。

 でも、あの子はあの娼婦を思って泣き叫ぶ限り、名門の当主にはなり得ませんわ。

 私はあの子の幸せを思って、心を鬼にしているのです>


 袁譚にも何となく雰囲気は分かった。

 祖母は、名族にふさわしくない行動をする子供を正しくしつけようとしているのだろう。


  なぜ死んだ祖母の手紙がここにあるのかは、想像がつかないが。


 おかしいところは他にもあった。


  袁逢様……それは父袁紹の実父であり、袁譚の祖父である。

  彼は、袁譚が幼い頃にとっくに他界しているはずだ。

  だとしたらこれは、過去の手紙?


(だったら、あの子って……!!)


 袁譚の背筋に寒気が走った。

 祖母のいうあの子という存在に、袁譚は心当たりを覚えてしまった。


「うわあああ!!!」


 袁譚は叫び声をあげて、弾かれたように部屋から飛び出した。

 もう一時も、あの部屋にいたくない。

 あの手紙の内容を想像すると、気が狂ってしまいそうだ。


(そんなはずない!!

 父上は半分平民かもしれない、だけど……心は生まれながらに高貴なはずなんだ!

 おれの父親は名族の当主なんだ、娼婦みたいな人間のクズのために泣き叫んだりしないんだよ!!)


 袁譚は湧き上がる疑念を……確信に変わる前に振り払って走った。

 生まれながらに名族のお坊ちゃんであった袁譚には、父のそういう態度が不快で許せなかった。

 今回の館は袁紹が最終的に落ち着いた三人目の母がいる家です。そのため、元になった家は自動的に袁紹に受け継がれ、そこで袁譚が生まれました。つまり、この館は袁譚と袁紹の共通の思い出が詰まっている訳です。


 次回では、ついに袁譚が父袁紹と対面を果たします。

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