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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第2章~袁譚顕思について
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袁譚~霧の中にて(5)

 出現するクリーチャーには、袁紹の悪夢がこめられています。袁譚は袁紹に近しい人物であるがゆえに、その怪物にこめられたメッセージをかなり正確に読み取ることができます。


 袁紹ほどではないにしろ、袁譚も父が妾の子であるという状況から過去に不快な思い出をいくつも持っているからです。

 だが、塵も積もれば山となるという言葉を袁譚は知っていただろうか。

 子供が、突然震えながら袁譚にしがみついた。


「お、お兄ちゃん……後ろ、横も!」


 はっと気がついて周りを見回せば、霧の向こうから同じような化け物が次々と歩いてくる。

 幸い動きはのろいようだが、この数には恐怖を覚えた。


 子供を突き放したのは、ほぼ反射的な行動だった。


「自分の命ぐらい自分で面倒みろ!」


 そう言い放つや否や、袁譚は子供を置いて走り出した。

 こんな子供を連れていたら、怪物に捕まって殺されてしまう。


  おれは名門袁家の当主なんだぞ。

  こんな下賤の血が入った袁家の恥に付き合って落とすような安い命は持ち合わせていないんだよ。


 背後で、かん高い子供の悲鳴が響く。

 普通の人なら後ろ髪を引かれるこの声にも、袁譚の心が揺れることはなかった。


 子供は、去っていく袁譚の後姿を呆然と眺めていた。

 期待はあまりしていないつもりだった。

 しかし、こうして衝撃を受けてみると、やっぱり自分は息子への期待を捨てきれていなかったのだろう。


  怪物たちが寄ってきて、次々と刃物や鈍器を振り下ろす。


「楽になりたい、楽になっていい、楽になればいい」


 違和感のない痛みの中、子供の意識が薄れていく。


 生きていたころは、死ねば永久に意識を失うのだから、楽になれると信じていた。

 だから、自分を殺せば自分は楽になれるのだと……。


  この怪物たちは、そういう負の感情から生まれた。

  結局は、自分を終わらせたがる自分の一部だ。

  死んでもなお自分を殺そうとやってくる辺り、やっぱり自分と同じようにあきらめが悪いようだ。


(でもね、僕は今ので分かったよ。

 あきらめないと、どうしようもないことだってあるんだ……。

 それをあきらめることが、どんなに辛くても……ね)


 子供の体から流れた血が、霧に溶けるように消えていった。



 どのくらい逃げ回っただろうか。

 袁譚は霧に包まれた市街地をとぼとぼと歩いていた。


  怪物は、倒しても倒してもきりがない。

  街から出ようと思っても、逃げるのに精一杯で方向など把握するひまもない。

  そのうえ、さっき子供を見殺しにしてから、なんだか空気が重くて余計疲れが増してきた。


「はあ……はあ……一体いつまで続くんだよ?」


 聞く人も無いのに無意味にぼやいて、袁譚はふと足を止めた。

 袁譚はいつの間にか、大通りに面した角に立っていた。


  その大通りの風景に、袁譚は懐かしいものを感じた。


(あれ、おれはこんな通りを前歩いたことがある……?)


 霧に包まれてはっきりとは見えないが、確かに袁譚の記憶と重なる部分があった。

 もっとも、その記憶自体もかなり昔のことなので、薄い霧がかかっているようなものだが。


 まだ袁譚が幼い頃、袁譚は両親に連れられてこの通りを歩いた。

 父袁紹と、若くして死んだ実の母に連れられて……。

 あのころは、あんなに仲のいい家族で、幸せだったのに。


  どこからおかしくなったのだろう?


 今更答を出しても、遅すぎる話ではあるが。

 ただ、今袁譚がいるこの通りは、汝南にある実家の近くにあったことは確かだ。


(おれはいつの間にこんな所まで来たんだろう?)


 袁譚は思わず疑問を覚えた。

 自分は、青州で死んだはずだ。

 それがこんな短時間で、汝南まで来られる訳がない。


  これは、本当に現実なのか……?


 そんな疑問が袁譚の頭をかすめた。

 街には人が全くいない、現実のようで実は違うのかもしれない。


 その疑問をさらに濃くするようなものが、目の前に現れた。


「これ、おれの実家だ……」


 大通りを歩いていくと、思い出のとおりの場所に、汝南の実家があった。

 今はもう、戦乱に巻き込まれて、そのうえ袁氏を滅ぼさんとする攻撃のせいでなくなっていたはずなのに。

 実家は、思い出のとおりにきれいなままでそこにあった。


(どうしよう、入ってみようか?)


 袁譚は迷った。

 袁譚は怪物に追いかけ回されて、かなり疲れている。

 ここに入って門を閉めれば、一時のやすらぎを得られるかもしれない。


(でも……)


 それでも袁譚の胸には、底知れぬ不安があった。

 この場所は現実にないはずの場所、入ったら何が起こるか分からない。

 外見だけ昔のままでも、中まで同じかどうかは分からない。


  そして何より袁譚をためらわせるものは、その家から発せられる不吉な気配だ。

  霧はその家から立ち上っているようで、袁譚を招こうとするように揺れる。

  家の門は、歓迎するように全開になっている。


(どうしようか……?)


 こういうところで決断できないのは、父ゆずりの優柔不断な性格のせいだろう。

 そうして迷ったあげくにどつぼにはまってしまうところも、また……。


 考え込んでいる袁譚の背後で、かすかに犬の唸り声が響いた。

 袁譚は飛び上がって驚いた。


「ひゃあああ!?」


 すっとんきょうな悲鳴を上げて、袁譚は思わず目の前の門に飛び込んだ。

 そして慌てて門を閉めようとしたとたん……門はまるで意思あるもののように、勝手に勢いよく閉まったのだ。


「あっ……!」


 袁譚は実に間抜けな声を上げたが、もう遅かった。

 押しても引いても、門は石のように微動だにしない。


  霧が、袁譚を包むようにわざめいた。

  もう逃がさない。

  もう放さない、と。


 袁譚は己の軽率な行動を後悔したが、もう後の祭りだった。

 しかし、これから袁譚が味わう事になる後悔に比べれば、こんなものはまだ序の口だった。

 袁譚は子どもを自分の親戚であると認識していながら、見捨てて逃げてしまいました。前章の公孫瓚にとって見捨てた子供はあくまで他人だったことを考慮すると、袁譚のほうがむしろ悪質であるといえます。

 つまり、それだけ袁紹の怒りとこれからの悪夢も公孫瓚よりずっとひどいものになるということです。

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