袁譚~廃屋にて
袁譚は弟の袁尚と骨肉の争いを起こしたあげく、曹操に滅ぼされてしまいました。前回の会話にも、袁尚に対するよからぬ感情がにじみ出ています。袁尚についても、紹介を置いていきます。
袁尚・顕甫 生年? 没年207年
袁紹の三男で最も愛されていたが、袁紹が後継者を決めずに没したため袁譚と争うことになる。曹操に追い詰められて遼東(満州南部)辺りまで逃げ延びたが、助けを求めた先の武将に首をはねられた。
「なあ、おまえは正妻の子?
それとも妾の子?」
とたんに、子供はびくりと肩をすくめた。
驚いて見開いた目に、恐怖の色が浮かぶ。
袁譚は、子供の警戒を解くように語り掛けた。
「正直に言っていいんだよ、おれは妾の子供だからって殺したりしないから」
それを聞くと、子供はうつむいて、ためらいがちに答えた。
「ぼくは……妾の子……」
(やっぱりか!)
袁譚は心の中で手をたたいた。
やっぱり、この子は父袁紹の妾の子なんだ。
ならば、この子をひどい目にあわせたのは誰か、すぐに想像はつく。
間違いない、劉氏にやられたんだ。
「そっか、それじゃあ、おまえも小さいのに苦労したんだな。
大丈夫だよ、おれは逆らわない奴には優しいんだ」
そう言って子供の顔をのぞきこんだとたん、袁譚は思わずびくりと身を引きかけた。
子供は、心の中まで見透かすような暗い瞳で袁譚を見ていた。
子供が、ゆっくりと小さな口を開いた。
「じゃあ、お兄ちゃんは、ぼくたちをどうするの?」
間延びしたような、心に引っかかる声で、子供は袁譚に問いかける。
「殺さないで、どうするの?
兄弟として、大切にしてくれるの?」
袁譚の背中に、冷たい何かが流れた。
自分がこんな風に質問されるのは、全くもって想定外だ。
子供は、蛇が這うように気味の悪い声で、言葉を続ける。
「ぼくを撫でてくれる?
ぼくのお母さんとも仲良くしてくれる?
好きな時に、お父さんとお母さんに会わせてくれるの?」
妙に具体的な例えに、袁譚はようやく答を考え付いた。
この子供が望んでいる生活が、どんなものか分かった気がした。
だが、素直にうんとは言えない。
この子は妾の子。
名門袁家を継げる子ではないのだから。
(かわいそうに、まだ小さいから世の中のことがよく分かってないんだ……。
ま、こういうことは小さいうちに教えてあげないとね。
それが、嫡流の兄の務めだし)
一度ごくりと唾を飲み込んで、袁譚は自分が思ったとおりの答を口にした。
「殺さないで、生きていけるようにはしてあげる。
でも、君のお母さんと仲良くするとか、いつでも両親に会わせてあげるってのは無理だな」
その瞬間、子供の目に涙が浮かんだ。
それでも、袁譚は諭すように平然と続ける。
「だって、君のお母さんはおれのお母さんから父上を奪ったのと同じだろ。
それに、君は、表に出られないってことは、平民の子だろ」
血と膿と錆にまみれた世界で、裏の袁紹……本初は煮えたぎる怒りに頭を抱えた。
さらに表の袁紹から伝わってくる痛みが、千の針のように心を刺しぬく。
このセリフは、かつて自分も言われたことがある。
そして、今のように何度も絶望のどん底に突き落とされた。
(おのれ、袁譚め……!!
迷うことはない、こやつもどうせわしを救うことなどできぬわ!
わしが壊れる前に、さっさと地獄に落とせ、袁紹!!)
袁譚は、突然ひどい眩暈を覚えた。
周りの景色がぐにゃりと歪み、平衡感覚がおかしくなる。
ただ、目の前で泣く子供の声だけがいやにはっきりと聞こえる。
うええーん 会わせて お父さん お母さん!
その声も、耳を貫くような耳鳴りにかき消されていく。
意識を失う寸前に、すぐ近くで父の声が聞こえた気がした。
袁譚……。
それは、深い悲しみと、憎しみのこもった声だった。
袁譚は「当主の嫡子」というエリート意識から、「妾の子」を名乗る子供の望みを拒絶してしまいました。
さあ、本格的なサイレントヒルが始まりますよ。