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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第2章~袁譚顕思について
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袁譚~霧の中にて

さて、袁紹は今度は息子を招いて新章開始です。

 袁紹自身は知っている方もいると思いますが、息子となると知っている方はかなり少ないのではないかと思いますので、紹介を置いていきます。


袁譚エンタン顕思ケンシ 生年? 没年205年

 袁紹の長男であるが、袁紹が三男の袁尚エンショウをかわいがって後継者にと考えていたため、袁紹の死後後継者争いを起こした。袁紹の生前から、本拠地の冀州ではなく青州の太守として遠ざけられていた。後継者争いの最中に一度曹操に降伏し、また裏切って反逆するなど信用できない人間だったようだ。

  我が子を腕に抱き、私は光を見た。

  この子が私を見て微笑む顔に、私は救いを見た。

  子は無条件に親を愛してくれるのだと、愚かにも信じて……。


 だから、私はあまり愛を知らないけれど、一生懸命愛して育てた。


  よもや、それすら悪夢に変じる日が来ようとは……。


 光を見た後の暗闇は、今までより何倍も暗く、深く、恐ろしかった。

 だから私はこの闇を、あの子にも分けてあげようと思う。





「道が……見えない……」


 白く冷たい霧の中で、袁譚は途方に暮れていた。


(どうしよう、さっきまで見えていたのに……。

 これじゃ、下手すると成仏できないかも……)


 袁譚はおろおろと何度も向きを変えて、周りを見回した。


(ただでさえ散々な死に方だったのに、死んでからもこんな目に遭うなんて……)


 袁譚は頭を抱えた。


  そう、袁譚は死んだ。

  敵に攻められ、討死した。

  ……そして、目の前に見えた光の道を辿って冥界に行こうとしていた。


 問題は、その道を見失ってしまったことだ。


 霧に巻かれたのは、あっという間だった。

 袁譚の背後から包み込むように霧が流れてきて、気がついたら何も見えなくなっていた。


  まるで、悪意ある何かが彼を捕らえたように。


 白く冷たい霧が、袁譚の体をなぞるように流れる。

 その向こうから何かに見られているような気がして、袁譚は思わず首をすくめた。



「ふふ……懐かしいな、私も初めはあのように戸惑ったものだ」


 血と膿と錆にまみれた世界で、袁紹はほほえましげにほおを緩めた。

 道を見失って戸惑う袁譚の姿に、袁紹は自分が死んだ時のことを思い出していた。


  しかし、全く同じではありえない。

  なぜなら袁紹には、初めから道が見えていなかったのだから。


 袁紹が死んだ事に気づいたとき、周りに見えたのは生前と同じ風景だった。

 袁紹は自分がどこへ行けばいいのか、何をすればいいのかも分からなかった。


  自分の姿は生きている者には見えない。

  声も届かない。

  袁紹に与えられたのは、ひどい孤独の時間だった。


 袁紹は寂しくなって、自分と同じように死んだ者を探し始めた。

 しかしそれは、さらなる孤独へとつながる道だった。


 人口の多い冀州の城下町で、死人はそれなりに見つかった。

 ただ、彼らの行動は袁紹のそれと全く異なっていた。

 

  皆、何かに導かれるように一方向に歩いていく。

  まるで、袁紹には見えない何かが見えているように。


 袁紹は必死で後を追った。

 しかし、それは徒労に終わった。


  歩いていくうちに彼らの姿は薄くなり、やがて消えてしまうのだ。


 何人目かの死人が目の前で消えた時、袁紹は絶望に泣き崩れた。


  自分はきっと、冥界に行けないのだ。

  重い罪を犯したせいで……いや、生まれてきたこと自体が罪だったのかもしれない。

  だからきっと、もうすぐ地獄から迎えが来るのだ。


 かくして、袁紹の足元に地獄の住人はやってきた。


 それは三歳児ほどの大きさの、頭に一本角を生やした小鬼だった。

 それでも袁紹は震え上がり、上ずった声で小鬼に問うた。


「そなた……わしを地獄に連れてゆくのか?」


 意外にも、子鬼は首を横に振った。


「ちゃいますわ、ボクみたいな小鬼にそんな力ありませんもん。

 取って食ったりしませんから、安心しなはれ」


 袁紹はとりあえずほっと胸を撫で下ろした。

 しかし、状況が変わった訳ではない。

 それならばと、袁紹は小鬼に尋ねた。


「そなた、わしがなぜ冥界に行けぬのか分かるか?」


 それを聞くと、子鬼はおかしそうに笑って答えた。


「もしかして、自分で気付いてへんのかいな?

 旦那さん、魂割れてまっせ~!」


「は?」


 袁紹は一瞬、言われた意味が分からなかった。

 魂が割れていると言われても、自分の体が割れている訳ではないし……。

 袁紹が戸惑っていると、小鬼があきれたように言った。


「旦那さん、後ろ後ろ!」


 言われるままに振り返って、袁紹は息が止まるほど驚いた。

 いや、生きていない以上息をする必要はないのだが。


  すぐ後ろに、自分とそっくりなものがいた。


 袁紹は思わず身を引いて後ずさった。

 しかもそのもう一人の自分はひどく疲れ、望みを失ったような顔で、そのうえ体中が血にまみれていたのだから。


 固まってしまった袁紹の袖をつかんで、小鬼がはしゃいだように言う。


「ほら、あれが旦那さんの魂の片割れや。

 最近現世の妖怪たちが狡猾やよってに、人間さんは魂が完全な形でないと冥界への道が見えへんようなってしもてん。

 魂がこないになってしもたら、そりゃー道は見えへんはずや」


 袁紹は小鬼の言うことを頭半分で聞きながら、目の前に立つもう一人の自分を見ていた。


 ふいに、もう一人の袁紹が口を開いた。


「無理もない、忘れたかったのだろう?

 魂を割って、己の一部を心の底に閉じ込めても……」


 もう一人の袁紹が、袁紹に向かって手を伸ばす。

 その手が指先に触れた瞬間、袁紹は悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。


  その手から伝わってきたものに、

  長いこと忘れていた、恐怖と苦痛に耐えかねて。


  毎日毎日、怯えて過ごしていた。

  本当の母と引き離され、継母に邪険にされて育った。

  明日、何が起こるか分からなかった。何が出てくるか、全く見えなかった。


「そうだ、私は……!!」


 三人目の母が楽になる道を示してくれた時、袁紹は迷わずその偽りの道にとびついた。

 自分を追い詰めた名家の威光を、自分がまとって生きる道に。


  卑しい生まれを恨み、悪夢に染まった己の一部を捨てることと引き換えに。


 よもや、それが死後冥界への道を閉ざしてしまうなど夢にも思わぬことだった。


 袁譚は自分が死んだことを理解している状態で、物語が始まります。


 さらに今回、袁紹がどのように今の状態になったかが語られ、袁紹の目的が明確になってきました。ただし、目的が見えてもそこにたどり着けるかはまた別の話ですが…。

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