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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第6話~辛毗佐治について
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辛毗~束縛の間にて(4)

 辛毗はどうにかして許攸を攻撃し、安全地帯から追い出すことに成功しました。

 しかし、怪物はまだ隠し武器を解放していません。


 袁譚編で、捕まった袁譚を打ち据えた隠し武器…もちろん今回もそれは怪物の体内にあるのです。

「ぎひゃあああ!!!」


 許攸の悲鳴とともに、辛毗の鞭が許攸の背中に振り下ろされる。

 それを聞いたとたん、怪物は驚いて許攸の方を向いた。


「ああア……!?」


 彼女にとって、許攸の死は秘密が破れることと同じだ。

 彼女は大慌てで手のほとんどを辛毗に向かって伸ばし、自らも辛毗の方に走り出そうとした。


 その隙を、袁紹は見逃さなかった。


「せえい!!」


 黒い手が避けてむき出しになった背中を、力一杯斬りつける。

 刀身がざくりと食い込み、彼女は崩れるようにしゃがみこむ。


(やったか!)


 袁紹はそのまま剣を振りぬき、さらに斬撃を与えようとしたが……それはできなかった。


 剣が、何かにひっかかったように動かないのだ。

 骨がないはずの位置で、何かに止められてそれ以上刃が入らない。


  ふいに、傷口の奥に黒い何かが光った気がした。


「!?」


 袁紹は危険を感じてすぐに剣を引き抜いたが、間一髪間に合わなかった。


  傷口がひび割れるように開き、漆黒の何かが飛び出す。

  鮮血を飛び散らせて長い何かが振りだし、重たい衝撃が袁紹の全身を襲う。


 それは、太い鎖につながれた分銅だった。

 彼女の傷口から、傷口でないところからも肌が破れて鎖が飛び出す。

 その先端についた分銅が、容赦なく袁紹の体を殴打する。


「ぐはっ!?」


 せめて防御をと構えた剣はからめ取られ、弾き飛ばされる。

 鎧ごしでも内臓を突き抜けるような衝撃に、袁紹は全身の力が抜けて転がった。


 しかし、彼女はもはや袁紹のことなど見ていなかった。

 息子の抵抗を振り切った今、彼女の敵は秘密を破ろうとする辛毗一人だった。



「許攸よ、おまえはどこまでも罪深い男だ」


 辛毗は無様に転がる許攸を見下ろし、また鞭を振り下ろした。

 許攸は逃れようと身を転がしたが、逆に有刺鉄線にからまって動けなくなってしまった。


「おまえのことだ、どうせ自分が直接攻撃されることは考えておらなんだろう?

 曹操様に殺された時と同じだ」


 辛毗は底冷えのするような目で許攸を見つめ、逃れようともがく体を踏みつける。

 そうしてやると、許攸がもがけばもがくほど有刺鉄線が体に食い込む。


  あの時……許攸が曹操に命乞いをした時と同じだ。

  助かろうと言葉を並べれば並べるほど、曹操と臣下の怒りは増した。

  そして、逃げることもできずに首と胴が離れ……。


「ずっとそうだったのだな、おまえはいつも外から争いを操る。

 そして自分は手を汚さずに、利益だけを奪い去るのだ」


 袁紹の下にいた時はずっとそうだった。

 誰かと誰かを対立させて、その間で蜜を吸う。

 ずっとそうやってきたのだから、自身が戦場に引きずり出されればもろいものだ。


  曹操に殺されたのだって、自身が直接怒りの標的にされたからだ。

  袁紹のもとにいた時は、周囲の諍いを利用して自分への怒りをそらしていた。


「だが、もうそれはできまい。

 おまえはこの場で、おまえが犯した罪への罰を受けるのだ!」


 辛毗は鬼のような顔で、血に染まった鉄の鞭を振りかぶった。


「これは審配の分!これは兄上の分!

 これは誤った道に引き込まれた袁譚様の分!」


 振り下ろされる懲罰の鞭に、許攸はわめくことしかできない。


  ずっと戦場の外にいたせいで、戦場で抵抗する術を知らないのだ。

  それは、自業自得でもあった。


 辛毗は死んでいった袁家の仲間を思って、無我夢中で鞭を振るった。

 怒りに我を忘れて、後ろから近づく気配にも気づけなかった。


「さあ、そろそろ年貢の納め時だ。

 これは、袁紹様の―」


 その先の言葉は、うめき声にとって代わられた。

 怪物が放った鎖が、辛毗をとらえ、締め上げたのだ。


 辛毗はようやく怪物の存在を思い出したが、もう遅かった。

 辛毗の体は、悪夢に囚われた女の妄執にがんじがらめに縛られていた。



「秘密は……破らセない……!

 ワタクシは、袁家の母……!!」


 怪物は全身から伸びた血濡れの鎖で、辛毗の体を締め付ける。


「ぐっうっ……!」


 辛毗は振り払おうと身をよじったが、文官の力ではどうにもならない。

 はっと後ろを見れば、袁紹は苦悶の表情を浮かべて転がっている。


(しまった、殿が……!)


 愕然とする辛毗に、怪物の顔が近づく。


「結局、だレにも……分かりやしナイのよ……」


 辛苦を噛みしめて歪んだ口が、辛毗に語りかける。


「袁家の母とシテ……期待サレて、応えられナクて……。

 夫も、本初も、他の袁家のニンゲンも……誰も分かりヤしナイのに……。

 この牢獄のヨウな日々、抜ける方法ナンて……どこにもナイ」


 その声は、どこかあきらめているようだった。

 そんな彼女は、許攸の方を見てかすかに微笑んだ。


「デモね、こいつは単純……お金をあゲレば守ってくレルのよ……。

 お金をあげてイル限り……安心してイラレるの……」


 彼女は、再び辛毗の方に顔を向けた。

 その顔には、苛立ちが滲んでいた。


「勝手に動くヒトはキライよ……安心できなイから。

 どいつもコイつも、秘密を知った勝手なニンゲンはみんな消してアゲるわ!」


 その瞬間、辛毗はこの母の本心を理解した。


  彼女とて、許攸の本心に気づいていない訳ではない。

  ただ、お金で済むことなら、彼女にとってそれほど安いものはなかったのだ。

  それに、自分や袁紹が直接攻撃されていないせいもあるかもしれない。


 許攸は攻撃を巧妙に隠し、それと分からなくする。

 この母は、お金で解決できる安心感もあって、許攸が自分をも攻撃していると実感できなかったのだろう。


(哀れな……!)


 辛毗は、悲しくてたまらなかった。

 できることなら、袁紹とともに彼女をも救ってやりたかった。

 しかし、それはもうできそうにない。


 彼女が、宙吊りにされた辛毗めがけて分銅を振り上げた。

 世の中に、暴力を振るうダメな異性や友人と別れられない人間は割と存在します。

 別れられない理由として、その相手は物や他の人間には暴力を振るうが自分にはそれほど直接危害を加えないせいで、自分が攻撃されていると認識できていないケースがままあるそうです。


 許攸もそうして袁家に取りつき、好き放題金品をたかってきたのでした。

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