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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第6話~辛毗佐治について
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辛毗~束縛の間にて(3)

 今回のボスは、袁譚編と同じ三人目の母の幻影です。

 二対二で戦うのは袁術の時と同じですが、人の組み合わせが異なります。

 袁術と怪物、袁紹と孫策の場合は四人ともまともに戦えますが、今回の辛毗と許攸は文官であり直接攻撃は得意ではありません。


 そのため許攸は安全地帯から怪物を煽る戦法をとっていますが、辛毗はそれにどのような知恵で対抗するのでしょうか。

「くそっ!」


 許攸の姿を目前に捉えたまま、辛毗は毒づいた。

 許攸は、あと二、三歩踏み込めば届きそうなところにいる。

 しかし、さっきから許攸を攻撃しようとする試みは全て失敗に終わっている。


  怪物が……母親の幻影が、許攸をかばうせいで。


 許攸を攻撃しようとするたび、怪物の黒い手が辛毗に向かって伸びてくる。

 この足場の悪い部屋では、避けるだけで一苦労だ。


 そう、この部屋は中で動く全てのものを傷つける敵意に満ちている。

 何かしようとして、自分を守ろうとして動くだけで、炎や鉄の棘に苛まれる。


(ああ、そうか……袁紹様はこのような思いをしてきたのだな)


 これが袁紹の悪夢であることを、辛毗は遅ればせながら実感した。


 袁紹にとって、名家の当主という生き方は牢獄に等しかったのだろう。

 何かするたびに秘密がばれないかと恐れ、動くこともままならない。

 周りの賞賛の声も、浴びれば浴びるほど裏切ることが恐ろしく、自分を締め付けることになってしまう。


  何かを自分の意志で決めるだけで、それが痛みとなって返ってくる。

  だから何も決めたくないし、決められない。


 結局、袁紹が痛みを回避するためには周りに流されるしかなかったのだろう。


 しかし、袁紹は許攸と袁譚のことだけはどうにかしようと行動した。

 その結果袁紹がこうむった痛みが、この部屋に投影されているのかもしれない。


  やらなければよかった。

  こんな痛い目に遭うくらいならもう何もしないでと。


(しかし、その牢獄は許攸に意図的に強化されていた)


 辛毗は思う。

 元からあった名家のしがらみだけであれば、時代の変化とともに袁紹が脱出することはできたのではないかと。

 それを脱出不可能な監獄に仕立て上げたのは、間違いなく許攸だ。


(だからこそ、許攸をどうにかできれば……)


 そこまで考えて、辛毗は再び歯噛みする。

 攻撃が届きさえすれば、状況も変えられそうなものだが。


  いかんせん、攻撃が届かぬことには!


 怪物は袁紹を狙っているため、辛毗には部屋の様子を調べる余裕があった。

 床を走る有刺鉄線の位置も、もうだいたい頭に入っている。

 許攸をあの位置から動かすことさえできれば、罠を張るのは訳ないのだが。


 問題はただ一つ、どうやって許攸をあの位置から動かすかだ。


  許攸が、自分から動くことはありえない。

  あるとしたら、それは自分が動けなくなってからだ。


 さっきから何度か声をかけて挑発してみたが、許攸は涼しい顔で立っている。

 ここから動かなければ安全だと、分かりきっているのだろう。


 鉈を投げることも考えたが、まともに狙っても怪物に弾かれるだけだ。

 そうして武器を一つ失えば、ますますこちらが不利になる。


(いかんな、落ち着いて考えねば……)


 辛毗はどうにか頭を冷やそうとするが、どうしても袁紹の方が気になってしまう。

 今のところは互角のようだが、あまり時間をかけていい状況ではない。


 それでも一度武器を下げ、部屋中をしっかり見回したところで……辛毗の首は上を向いたまま釘付けになった。


「おお、あれなら……!」


 天井から、無数の剣がぶら下がっている。

 しかも、髪の毛のような細い糸で。

 部屋中の天井に、もちろん許攸の頭上にも。


  あれを落とせば、許攸を攻撃できるのではないか?


 こちらにも危険の大きい方法ではある。

 狙いがはずれれば自分や袁紹の頭上に剣が落ちてくる危険があるし、許攸の頭上に落ちるとは限らない。

 それに、剣を支えている糸を切るには、どうしても武器を投げて手放さなければならない。


 だが、今はそれ以外に方法がない。

 やらなければ、許攸を倒せる可能性はないに等しいのだ。


「ええい、ままよ!」


 辛毗は鉈を両手で構え、大きく身を振って投げた。

 鉈は、ブーメランのように回転しながら天井に向かって飛んでいく。


「ふん、どこを狙っている!」


 許攸が鼻で笑ったが、これでいい。

 思った通り、許攸を直接攻撃しなければ怪物は妨害してこない。


  ガチンと、金属音が響いた。


「何だと!?」


 突然頭上から響いた物騒な音に、許攸が驚いて上を見上げる。

 音は、鉈がぶら下がっている剣にぶつかった音だ。


 鉈は軌道を変えながらも回転して天井に刺さり、ぶつかった剣は大きく揺れて周りの空間を薙ぐ。

 数本の剣を、支えていた糸が切れた。


「え?」


 青くなる許攸の頭上で、数本の剣が落下を始めた。

 切っ先を真下に向けて、許攸めがけて落下してくる。


「うわああああ!!?」


 許攸が、肝をつぶして逃げ出した。

 予想外の攻撃に、怪物の防衛も間に合わない。


 許攸が床の有刺鉄線を踏み抜き、勢いよく転んだ。


「覚悟!!」


 ここぞとばかりに鞭を振り上げ、辛毗は許攸に駆け寄った。

 天井からぶら下がる剣は、ダモクレスの剣という故事をモデルにしました。

 古代ギリシャでダモクレスという男が王の暮らしを羨んだので、王はダモクレスを王座に座らせ、その王座の上に剣をつるしておくことで「王は贅沢な暮らしの代わりに常に命を狙われている」と伝えたということです。


 袁家に嫁いで裕福な暮らしをしながら、妾腹の甥を自分の子として育てていた母にとっては、毎日頭上に剣がぶら下がっているようなものだったでしょう。

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