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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第6話~辛毗佐治について
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辛毗~束縛の間にて(2)

 お待ちかねのボス戦です。

 今回は以前とは異なる状況の部屋で、二対二で戦います。

 袁術と孫策の場合もそうでしたが、怪物がもう一人を守り、援護している状況では攻撃が成功しづらいものです。袁紹と辛毗の攻撃は、許攸に届くのでしょうか。

 袁紹がにらみつけると、許攸はいやらしい笑みを浮かべた。

 そして、女の怪物にすり寄って耳元でささやく。


「ほら、またあなたの息子さんに悪い虫がついたようですよ。

 あなたと息子さんの秘密を暴き立てる悪い虫が!」


 それを聞いたとたん、彼女の口角がおぞましいほど下がっていく。


「きいいぃイイ……!!」


 ざわざわと無数の手を揺らめかせる彼女を、許攸はさらに残酷にけしかける。


「ほら見なさい、私の言うとおりああいう輩はいるんですよ。

 しかも、あなたの息子さんはあの男にたぶらかされているようです。

 このままでは、あなたも息子さんも……!」


 あさましいほど恐怖をあおる口ぶりで、許攸は高らかに言い放った。


「さあ、秘密を守るためにあの男を殺すのです!!

 そして袁紹も、ちゃんと躾直さなくちゃねえ!!」


 彼女の無数の手に力が入り、一斉に袁紹の方を向いた。


「秘密、は……こわさセない……。

 本初……おシオきよおぉオオオ!!!」


 悪夢に囚われ、正気を失った母の手が袁紹に襲い掛かる。

 猛禽のような鉤爪を光らせて、子をがんじがらめに掴もうと手を広げる。


「避けろ、辛毗!」


 袁紹と辛毗が左右に分かれた直後、後ろの鉄格子に幾多の爪がぶつかる。


  後ろの鉄格子……もはや、そこは扉ではない。

  袁紹たちが入った直後、扉は音もなく鉄格子に閉ざされた。


 退くとこは、できない。

 この母親の幻影を何とかしなければ、この部屋から出ることも叶わないのだ。


「御免!」


 袁紹が剣で薙ぎ払い、数本の手を切り落とす。

 切られた手は髪の毛に変わり、ばらばらと散っていく。


 しかし、手は切られた後から再び生えてくる。


「許さナイ……逃がサないわよ本初!!」


 すぐに再生する無数の手で、彼女は執拗に袁紹を追い回す。

 袁紹も下がりながら応戦しているが、時折体勢を崩しかけている。


 当たり前だ、この部屋の床には有刺鉄線が縦横に走っている。

 足元を見ずに踏み出せば、その棘を踏み抜いて血がほとばしる。


「ぐあっ!?」


 痛みに一瞬でも動きを止めれば、宙を舞う無数の手が掴みかかる。


「大人しくナサい!!」

「させるか!!」


 二三本の手が袁紹を掴んだが、袁紹も渾身の力でそれを振り払った。

 手が引きちぎれた瞬間、彼女が悲痛な叫びをあげる。


「きひいイィ!!!」


 その声を聞くたび、辛毗は胸に痛みを覚えた。


  彼女は、泣いているのだ。

  子供が自分の言うことを聞いてくれないから。

  子供が自分の秘密を守ってくれないから。


  子供が、自分を地獄に落とそうとしているとでも思っているのか。


 袁紹は、自分と母親を自由にしたくて、母親を攻撃する。

 母親は、自分と袁紹を守りたくて、袁紹を攻撃する。


 どこまでも、不毛な戦いだ。


(こちらは、そう簡単に割り込めそうにないな)


 辛毗は、袁紹と母親の戦いを見てため息をついた。


  お互いに、お互いを想い合うからこそ、攻撃し合う。

  自分が正しいと信じて、お互い譲らない。


 そこには、部外者の辛毗が割り込めそうな隙が見当たらなかった。

 隙ができるまでは、非力な自分には手の出しようがない。


(さしあたって今、割り込めそうなところは……)


 辛毗は素早く部屋の中に視線を走らせ、やがて一点を凝視した。



 許攸は、部屋の中央から一歩も動かずに佇んでいた。


(ふん、他愛のない親子よ)


 余裕の表情で立ったまま、袁紹と怪物の戦いを観戦する。

 そして怪物が不利になると、不安を煽るような野次をとばして援護する。


  許攸にとって、これほど面白い見世物はなかった。


 親と子を対立させ、自分をより重用する方につく。

 生前、いつもやってきたことだ。


  この母親と袁紹にも、そして袁紹と袁譚にも。


 そして自分は派手に動かず、争いに乗じて甘い汁を吸い続ける。

 今現在、こうしているのと同じように。


「ひひひ、いい様だ!

 そんなにもがきたいなら、好きなだけもがくがいい」


 袁紹も怪物も、お互いの攻撃以外でぼろぼろに傷ついている。

 壁際に寄っては炎の舌に舐められ、不用意に踏み出しては鉄の棘を踏み抜く。

 抗わずに何もしなければ、傷つくことなどないのに。


  そう、許攸は戦いが始まってから、一歩も動いていない。

  自分から動かなければ、自分が危ない目に遭うことはないのだから。


 と、突然許攸のすぐ側を怪物の黒い手がかすめた。


「おや……何だ、君だったのか」


 面倒ながらそちらに視線をよこすと、床に這いつくばる辛毗の姿が目に入った。


「おのれっ!」


 辛毗は足から血を流して、伏せた姿勢で許攸をにらみつけていた。

 どうやら、さっきの怪物の攻撃はこの男を狙っていたようだ。


 許攸は、辛毗を鼻で笑って嘲った。


「ほう、私を狙うとは、袁紹よりは賢いじゃないか。

 しかし不遜だな、恐れ多くも袁家の秘密を守っている私に手を出すとは!」


 辛毗は再び鉈を握って立ち上がったが、すぐにまた怪物の黒い手を避けて下がらざるを得なかった。


「いいか、私はこの役立たずどもの秘密を守ってやっているのだぞ?

 私がいなければ、こいつらは本来あるべき底辺に堕ちるしかないのだ!

 その私を、この母が守らぬとでも思ったかね?」


 そうとも、母親の幻影は、許攸こそが唯一の味方だと思い込まされている。

 自分を守るには、許攸にすがるしかないと。


「くっくっく、君に手を出す術はない!

 君はあの役立たずを選んだ時点で、奴と心中するしかないのだ!!」


 辛毗の攻撃は、全てあの怪物が防いでくれる。

 あとは、辛毗が勝手に動き回って傷つけばいい。

 そして自分は、周りが安全になってから悠々ととどめを刺しに行けばいいのだ。


  全くもって、簡単なことだ。


 許攸は、勝利を確信していた。

 そして自分が不要な傷を負わぬために、ただ一人動かずに立ち続けていた。

 床に罠があっても、動かなければ引っかかることはありません。

 許攸は安全地帯から一歩も動かず袁紹たちの消耗を待つ作戦をとっていますが、怪物が辛毗の攻撃を防いでくれる限りこれは非常に有効です。


 一方、辛毗は許攸を攻撃するためにあるものを利用しようとしますが……この部屋にどのような仕掛けがあるか、もう一度確認してみてください。

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