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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第6話~辛毗佐治について
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許攸~悔恨の館にて

 許攸は品行不良で不埒な人物であったのに、なぜ袁紹は彼と付き合ったのでしょうか。そして、なぜ周り(特に家族)はそれをとがめなかったのでしょうか。


 袁紹の出生と官渡での裏切り、許攸の性格から導き出した私の答えが、ここにあります。

「大丈夫でございますよ、ご母堂。

 ご安心なさいませ」


 目の前でうめき声をあげる背中を撫でながら、許攸はささやいた。

 その手の感触を嫌がるように、相手は身をよじる。


「ウ……ウ……い、嫌よぉ……」


 彼女は、許攸に触れられるのが気持ち悪くて仕方なかった。

 しかし、抵抗することはできない。

 髪の毛が変化したような無数の手も、くたりと垂れさがって無意味に床を引っかくだけだ。


  頭から生えた無数の手……そう、彼女は人間ではない。


 顔に目はなく、鮮やかな紅をさした口だけがぎりぎりと歪んでいる。

 肩から普通に生えた手で頭を抱え、ひいひいと悲鳴をあげ続ける。


「まあそんなに固くならずに。

 私に任せておけば何も心配などありませんから、ねえ?」


 そんな彼女の耳元で、妙にふざけた口調で許攸はささやく。


「あなたの息子さんが実は奴隷の子でも、私は気にしませんよ。

 私は、あなたの大切な秘密を人にばらしたりしませんから。

 もらうものさえもらって、あなたが私を守ってくれさえすれば、ね!」


 どこまでも慇懃無礼な口ぶりで、彼女の胸中を引っかきまわす。


「分かります?私は善意で言っているんですよ?

 もしこの秘密がばれたら、ご母堂はどうなってしまうんでしょうねえ」


 もったいぶった言い方で、さらに彼女の不安を煽る。


 許攸にとっては慣れたこと、生前からやってきたことだ。

 だから許攸は、あれほど品行不良で欲が深いにも関わらず袁紹の友人でいられたのだ。

 こうやって母親をいいように動かして、袁紹との付き合いを認めさせていたのだ。


  この化け物が袁紹の三人目の母親に似ていることは、すぐに分かった。


 許攸は、少年の頃から袁紹に目をつけて付き合っていた。

 だからこの悪夢に巻き込まれても、すぐにそれが袁紹のものであると分かった。


  顔に板を打ち付けられた召使いの化け物……その着物に見覚えがあった。

  許昌からこの館につながる道は……昔袁紹とよく歩いた汝南の通りだ。

  この館なんて、頻繁に来ていたので基本的な構造は分かりきっている。


 許攸にとってこの館は、自分の庭と同じだった。

 ただ一つ、出られないことを除いては。


 この悪夢が袁紹のものであると気づいた時、正直許攸は焦った。


(袁紹は間違いなく、私を恨んでいる。

 このまま出られなければ、私はきっとひどい目に遭わされるだろう!)


 そう、許攸は自分がどんな酷いことをしたのか分かっていた。

 そもそも、分かっていてやったのだから当然だ。


  しかし、許攸は大人しく罪に服する気はなかった。


 最初に出会った少年の姿の袁紹を殺し、ここから脱出しようとした。

 少年を殺しても変化がなかった時は慌てたが、この館にいた血塗られた袁紹を見て、納得した。


(そうか、私が助かるためには『全ての』袁紹を倒さねばならぬのだな)


 血塗られた袁紹は敵意をむき出しにして襲ってきたため、今度は辛毗をうまく動かして殺そうとした。

 しかし、どうも殺し切れていなかったらしく、未だ脱出は叶わない。

 そのうえ、館が変化する前に怪物がいなかったはずのこの部屋に逃げ込んだら、見たこともない怪物がいた。


「イトしい……ワタクシの、本初……」


 その怪物が発する言葉を聞いたとたん、許攸は喜びにうち震えた。


  こいつなら、勝てる!!


 その言葉は、かつて許攸がいいように動かしていた袁紹の養母と同じだった。

 ものは試しと同じように話しかけてみると、同じような反応を見せた。


 許攸のどす黒い脳内に、新しい作戦が浮かんだ。

 今度はこの怪物をいいように動かして、袁紹を攻撃させればよい!


「ですよねえ、秘密がばれるのは嫌ですよねえ?

 だって秘密がばれたら、ご母堂が役立たずだってばれてしまいますものねえ!」


 大げさなくらい強弱をつけて、許攸は怪物の耳元で言い切る。


  そう、この母親は何よりもそれを恐れていた。


 こいつは袁家というとてつもない名家に嫁ぎながら、子供を産めなかった。

 だから袁紹のような本来いらない下賤の子をもらって、自分の子だとうそぶいて育てた。


  全く、とんでもない詐欺師だ!


 袁紹が娼婦の子であるという秘密は、彼女が妻として役立たずだったという秘密と表裏一体なのだ。

 許攸はそれをネタに、ずっとこの母親を脅してきた。


「ふふふ、私は秘密を守りますよ。

 このことは誰にも言いませんし、誰かから聞いた者がいれば私が嘘だと言ってあげます。

 その方が、あなたのためですからねえ!」


 この台詞を、母親にも袁紹にも袁譚にも、何度繰り返したことか。

 そのたびに何もしなくても、金品が贈られてきた。


  こんなボロい商売は他にない!


 母親も袁紹も袁譚も、今の平和な生活を壊されるのを恐れていた。

 だから許攸がどんなに我侭に金品を求めても、秘密を守りたい一心で従った。

 だからこうやって袁家にくっついていれば、許攸と一族はいつまでも贅沢ができたはずなのだ。


  袁紹が、下手に抵抗しなければ!!


 袁紹が自分を切り捨てた時は、驚いた。

 しかし、袁紹にはきっちりとその対価を払わせてやった。

 官渡で曹操に情報を売り渡し、袁家を滅ぼしてやった。


「ふん、役立たずが自分の足で立てると思ったら大間違いだ!」


 怯えて苦しむ母親の怪物を軽蔑の目で見ながら、許攸はつぶやいた。


「袁紹め、来るなら来い!

 もう一度官渡を味わわせて、その生意気な考えを改めさせてやるぞ!」


  袁紹のようないらない子に、抵抗など許されるものか。

  今度はその代償に、恐れながらも孝行してきた母親と殺し合うがいい!!


 許攸は、悪意一色に染まった顔をして袁紹を待ち構えていた。

 そこには、かつての主に対する忠誠や敬愛など一かけらもなかった。

 三人目の母親が自らも悪夢に囚われていたことは、袁譚編で語られています。

 そして、人は心が弱っている時ほど悪いものに狙われやすいのです。


 今回はいつもより長くなっていますが、最終章の前ですのでご容赦ください。

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