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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第6話~辛毗佐治について
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辛毗~悔恨の館にて(8)

 袁紹が明かした真実を前に、辛毗はどうするのでしょうか。


 辛毗の一番の目的は悪夢から脱出することなので、そのためにはここで表の袁紹を殺してしまうのが一番の近道です。

 しかし、果たしてそれで辛毗は幸せになれるのでしょうか。

 辛毗の勇気ある決断を、ご覧ください。

 ガスッと鈍い音を立てて、鉈の刃が床に突き刺さる。

 うつ向いた袁紹の肩を、柔らかい袖が包み込んだ。


「殿……よく、頑張って生きられましたね」


 辛毗の細い腕が、袁紹の肩を抱いていた。

 紡ぎ出した声は、涙に濡れている。


「辛毗……おぬし……?」


 驚いた袁紹が顔を上げると、辛毗の顔がすぐ側にあった。

 さっきまでの憎しみや不信は消え、代わりに悲しみが覆っている。


「もう、よいのです。

 もうこれ以上、あなた様を犠牲にする必要はございません。

 ……あれほど辛い世の中を、よく折れずに生きてこられましたね」


 辛毗の声には、優しい労りがこもっていた。


  親にも友にもありのままを受け入れられなかった。

  それでも己の魂を割って、周りの期待だけに従って生きた。


 辛毗は今まで、これほど痛ましい人生を聞いたことがなかった。

 これほど悲しい人物が自分のすぐ側にいたのに、露ほども気づかなかった。


 それは、生前袁紹を救ってあげられなかった辛毗の後悔でもあった。


「あなたは確かに、罪を犯したかもしれません。

 しかし、真に罰せられるべきはあなたではありません」


 それを聞くと、袁紹は少し目を細めて尋ねた。


「わしを罰せぬというなら、おぬしの兄と一族の無念はどうなる?

 わしの不明で失ってしまった命は、もう元には戻らぬのだぞ」


 それを聞いて、辛毗はますます袁紹が哀れに思えた。


  この君主は、今でも自分たち家臣を愛している。

  そして、自分にできることで精いっぱい償わねばと思っているのか。


 そんな袁紹を安心させるように、辛毗は袁紹の耳元でささやいた。


「殿が気に病む必要はございません。

 殿の罪は、逃れられぬ苦しみのゆえに自分を守ろうとしてそうなったもの。

 あなたから他人を信じ、打ち明ける勇気を刈り取った許攸こそ、真に罰せられるべきでしょう」


 かつて忠誠を誓った、今でも心から尊敬している君主をひしと抱きしめ、辛毗は固い決意とともにそう言った。


「私は、あなた様のお手伝いをいたします。

 あなた様と共に、許攸を倒し袁家の仇を討ってみせます!」


 とたんに、袁紹の目からどっと涙があふれ出た。

 肩を抱いている辛毗の手をぎゅっと握り、嗚咽を漏らす。


「あ、あ……すまぬ、こんな主に、おぬしはまだ忠誠を見せてくれるのか!」


 ひくひくとしゃくり上げながら、辛毗に頭を下げる。


「すまぬ……本当に、わしが愚かであった!

 おぬしらはこれほどまでにわしを慕ってくれていたのに、わしはそれを信じられず、取り返しのつかぬ事態を招いてしまった。

 おぬしらのその忠誠、わしには過ぎたるものであったというのに……!」


 辛毗は、ようやく自分を信じてくれた君主の背を優しくさすってやった。


  この日を、どれだけ待ち望んだだろう。

  袁紹も、袁紹を慕っていた家臣たちも。

  惜しいのは、それが生前に来なかったことだ。


 袁紹が自分の忠誠を心から信じてくれた今、辛毗の心に迷いはなかった。

 袁紹が自分を信じてくれるからこそ、自分もそれに応える義務がある。

 これまでずっと隔たりがあった家臣と君主の気持ちが、ようやくつながった瞬間だった。



 一しきり泣いて落ち着くと、袁紹は心配そうな顔で言った。


「それにしても、本当によいのか?

 わしは裏と違って怪物の制御がきかぬ。

 わしと共に許攸を討とうとすれば、おぬしはこれまで以上に危険に晒されるぞ」


 しかし、辛毗は笑ってうなずいた。


「構いませぬ、もとよりこの命はあなた様に捧げるはずでございました。

 それに、これは私自身の仇討ちでもあるのです」


 そう言った辛毗の目には、さっきとはまた違う怒りの炎が宿っていた。


「許攸は、兄と一族の真の仇でもあります。

 私は私と他の家臣たちのためにも、許攸を討たねばならないのです!」


 さっきの話ではっきりした。

 袁家内紛の本当の原因は、許攸の強欲だ。


  許攸が袁紹から人を信じる心を奪ったから、袁紹は誰にも打ち明けられなかった。


 もし許攸の心無い一言がなかったら、しつこく猜疑心をあおる惑わしがなかったら、家臣たちの忠誠は袁紹に伝わったかもしれない。

 特に、審配のあれほどの忠誠が伝わらぬことなどなかったはずだ。

 そうすれば、袁紹は審配に全てを打ち明け、そこから解決の道が開けたかもしれない。


 審配は、誰よりも忠実な男だった。

 もし彼が事情を知れば、彼は何よりも袁紹を救うために尽力したに違いない。


  そうとも、袁紹が一人で悩まなければ、皆で知恵を出し合って未来に進めたはずだ。


 袁譚のことだってそうだ。

 許攸の讒言がなければ、袁譚だって皆に尊敬される袁紹を見て考えを改めたかもしれない。


 そうでなくても、事情が分かっていれば、他の家臣たちが袁譚を諌めただろう。

 例えば、最期まで袁譚に仕えぬいた兄の辛評とか。

 兄辛評は責任感の強い人だから、きっと袁譚を説得して袁紹との絆を取り戻してくれただろう。


(その全てを、皆の思いを踏みにじったのは許攸だ!!)


 辛毗は、これまで散っていった袁家の家臣たち全ての怒りをこめて拳を握りしめた。


  許攸一人の強欲のせいで、万を数える将兵たちが不幸になった。

  自分の兄や一族が、不毛な争いで殺された。

  誰よりも忠実で本来尊敬すべきだった審配を、この手で殺してしまった。


 辛毗は闘志をたたえた目で袁紹を見据え、感謝の言葉を送った。


「ありがとうございます、あなた様のお招きのおかげで私は真の仇に巡り合えました。

 この出会いがなければ、私はこれからも筋違いに審配を恨み続け、泥沼のような日々を過ごしていたことでしょう。

 私に真実を明かしていただき、本当にありがとうございました」


 辛毗のまっすぐな視線に、袁紹の顔がほころんだ。

 それは生前に一度も見せたことがない、心からの感謝だった。

 辛毗にとって、袁紹や他の家臣との絆はとても大切なものでした。

 辛毗は袁家内紛の真の原因が許攸にあることを悟り、袁紹の罪を受け入れて手を差し伸べます。


 自分の不幸の原因になった人物を許すのは、とても勇気がいることです。

 しかし、そうして手を差し伸べてこそ、本当に悔いのない未来が開けることでしょう。

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