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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第6話~辛毗佐治について
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袁紹~回想の河北にて

 嘘をついてそれがばれそうになった時、さらに嘘をついて塗り固めることはよくあります。

 そうやって嘘で塗り固めて引き返せなくなったことはありますか。


 袁紹は己を守るために他人にも自分にも嘘をつき続け、いつの間にか自分がそれに縛られてしまっていたのです。

 袁紹は順調に成長し、官位についた。

 袁術は袁紹を貶めようと出生についての嘘を暴き立てようと騒いだが、周りはそれを信じず袁紹の虚像を信じた。


 だが、袁紹は内心いつもびくびくと怯えていた。

 いつか、袁術以外の誰かがこの嘘を暴くかもしれない。

 そうしたら、今のこの栄光は一気に消滅し、自分はまた地獄に戻される?


  袁紹は、誰も信じることができなかった。

  敵だらけの環境で育ってきた袁紹にとって、相変わらず周りは信用できなかった。


 その疑惑と恐怖は、袁紹をさらに立派に振る舞うよう駆り立てた。

 そうして、袁紹は蟻地獄のように己の虚像に縛られていった。


 そんなある日、二人きりで遠乗りに出かけた時、許攸がふとつぶやいた。


「私ねえ、本当は知っているんですよ。

 あなたが、その……汚らわしい娼婦の腹から生まれたってこと」


 その場の空気が、一気に凍りついた。


「許攸……?」


 袁紹は息もうまく吸えないまま、引きつった顔で許攸の方を向いた。

 すると、許攸はニヤニヤと笑ってささやく。


「ああ大丈夫、他の人には言ってませんから。

 あなたが私を引き立ててくれる限り、私は秘密を守りますよ~!」


 不幸にして、袁紹の猜疑は現実になった。


  許攸は袁紹の秘密を知ったうえで、あえて袁紹に寄り添っている。

  そして、秘密を守る見返りに一生袁紹から禄をたかろうというのだ。


「まあ、選ぶのは袁紹様ですけどねえ……。

 秘密がばれたその時に、袁紹様のもとに残る人っているのかな~?

 案外みんな、私みたいに知らないふりしてるだけかもよ!」


 袁紹は、心臓を握られた思いだった。

 ここで許攸の手を放したら、自分はまたあの地獄に戻される?


 それから袁紹は、許攸に手厚い褒賞を与えるようになった。

 貪欲な許攸が物欲のままに命じるのを、できる限り叶えてやる。

 それを突っぱねることなど、できやしなかった。


  案外みんな、私みたいに知らないふりしてるだけかもよ!


 この一件は、袁紹の心に深い楔を打ち込んだ。

 それ以来、袁紹は本当に少しも臣下を信じられなくなってしまった。


 しかし、誰かに秘密を洩らされる恐怖から、外見上は臣下に優しくなった。

 人々はそれを見て、袁紹は名家にふさわしい広い心を持っていると噂した。



 だが、袁紹にとってどうしても我慢ならないこともあった。

 長男の袁譚のことである。


「確かに父上の血は穢れているかもしれないけど」

「おれまで一緒にするなよ!!」


 袁譚は袁紹の生まれを蔑み、内心父を軽んじていた。

 袁紹は表面上何とか取り繕いながら、心の底ではどうしても袁譚を許せなかった。

 そして、何とか長男の袁譚を後継者から外せないかと思案するようになった。


 袁譚を後継者から外したい理由は、他にもあった。

 許攸が袁譚におべっかを使い、袁紹が死した後も禄を搾り取ろうとしていたのである。

 袁紹の生まれを憎む袁譚は、まんまと許攸の術中にはまっていた。


  このままでは、袁家は許攸に乗っ取られてしまう。

  財産も、家族も、全て……。


  それだけは、一人の人間としてのプライドが許さなかった。


 幸い、袁紹にはそのためにすがれるものがあった。

 後妻の劉氏とその息子袁尚、そして自分を盲目的に慕う審配という新しい臣である。


「私の子を、袁尚を後継者に。

 私はあなたと袁家のためを思って言っているのです。

 私は、あなたの味方ですわ」


 自分の子を後継者にと願う劉氏の思惑は、図らずも袁紹の望みと一致した。


  袁譚を後継者から外し、許攸の呪縛を断ち切ってみせる!


 幸運なことに、時代の流れも袁紹に味方していた。

 家柄や慣習にとらわれず、才能を重視する乱世。

 これを利用して袁譚と許攸を切り捨てようと、袁紹は思った。


 その結果が、官渡の大惨事だ。


  許攸の欲深さは、袁紹の想像を遥かに超えていた。


 もはや袁紹にたかることができないと悟るや、許攸は手のひらを返し、曹操に情報を売り渡してしまった。

 袁紹が自分の言うことを聞かなくなり、代わりに審配を重用し始めたのも一因だろう。

 許攸を切り捨てたのはいいが、その代わりに袁紹は取り返しがつかないほど多くを失うはめになった。


「大丈夫です我が君、私はいつもあなたの味方です。

 心配事などありましたら、いつでも打ち明けてくださいませ」


 審配はそう言って寄り添ってくれたが、もはや袁紹は審配のことも完全に信じることはできなかった。


  あれほど若い頃からついてきた許攸ですらああだったのだ。

  審配がそうでない保証がどこにある?


 結局、袁紹は審配に真実を明かすことはできなかった。

 さりとて審配以外にすがれる者もなく、前にも増して審配を重用した。

 なぜ袁譚が嫌いなのか、なぜ袁尚がいいのかをはっきりと伝えぬままで。


 その結果が、袁家滅亡の大惨事だ。


  袁紹の死後、劉氏は増長し、審配は暴走した。

  劉氏は元々自分の野心に袁紹を利用していただけ、袁紹の意志など関係ない。

  審配は袁紹の望みの理由を知らない、だから望みに向かって突っ走った。


 これが袁紹の悪夢から始まった、袁家の悲劇の真実だった。

 許攸は「貪欲で品行がよくない」と評される人物です。

 そんな彼となぜ袁紹が親しく付き合ったのか、この話ではそれを解釈してみました。


 人の弱みにつけこんで金品を得ようとする人間は、いつどこにでもいるもの。

 袁紹は許攸にそういう態度をとられたことで、一層人を信じられなくなってしまったのでした。

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