表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
第1章~公孫瓚伯珪について
10/196

袁紹~金網の部屋にて

 公孫瓚編もついに最終話です。

 ここまでお読みいただいた皆様、長いことお付き合いありがとうございます。


 これからも袁紹は他の人物を悪夢に招いていきますので、この先はもっとメジャーな人物が登場するかもしれません。

 それでは、公孫瓚編のラストをどうぞ。

「くっくっく……」


 場違いな笑い声に、公孫瓚はぎくりとしてしゃべるのをやめた。

 袁紹の胸に突き刺した剣から、それに合わせて震えが伝わってくる。


「袁紹、貴様……!?」


 公孫瓚は大慌てで剣を引き抜き、後ずさって距離をとった。


 公孫瓚は驚愕に目を見開いて袁紹を見ていた。

 確かに急所を突いたはずなのに、袁紹は倒れることもなく立ったまま笑っている。

 時折ふらつくところを見ると、痛みは感じているようだが……。


「な、なぜ死なない!?」


 公孫瓚の問に、袁紹は物憂げな顔で答えた。


「いい加減に気付け。

 私もおまえも、もうとっくに死んでいるのだ」


 袁紹の言葉に、公孫瓚は思わず目を見開いた。

 自分は確かに、今ここに生きているのに。

 生きて……?


  燃え上がる易京楼。

  自ら手にかけた妻子の亡骸に囲まれて、公孫瓚は兜を脱ぎ捨て……。

  抜き放った剣を、自らの首に……。


 袁紹の言葉に触発されたように、公孫瓚の頭の中で失われた記憶が蘇った。

 公孫瓚の体が感覚を失い、ぐらりとよろめく。


  そうだ、自分はすでに……あの時、自害したんだ……。


 袁紹はそんな公孫瓚をあきれたような目で見つめた。


「無念の死を遂げた地縛霊は己が死んだことに気付かぬと聞いたが……本当だったとはな。

 わしはおまえより数年長く生きたが、もしやと思って来てみればこの様だ。

 未だにこの野望の墓場でさまよっておったとは」


 公孫瓚はただ、唇を噛むしかなかった。

 自分では潔く死ぬと思っていたくせに、仇が指摘するまで気付かぬ自分が悔しくてならなかった。


 しかし、この憎たらしい男に言われっぱなしでは男として面目が立たない。

 公孫瓚は意地になって言い返した。


「何を、どうせ貴様も同じようなものだろう!?

 結局冥府に行けずにさまよっているではないか!」


 それを聞くと、袁紹は妙に神妙な顔になった。


「むう……確かに結果は同じ事だ。

 だがな、わしは未練のあまりさまよっている訳ではない。

 ……理由があるのだ」


「理由?」


 公孫瓚は一応いぶかしげな顔を作って、聞く素振りを見せた。

 しかし、心の中では、言葉の中からあら捜しをする気ばかりだった。

 それを読んだのか、袁紹はうんざりしたように口を開きかけ……。


「うむ、だがおまえに話す価値はないようだな。

 うぐっ……ゴホゴホゲボォッ!!!」


 突然、胸を押さえて激しく咳き込み、体を震わせた。


 袁紹の指の間から、真紅の鮮血がぼたぼたとこぼれた。

 吐血したのだ。


  それは床に落ちると、まるでそれ自体が意思を持つように広がり出した。

  公孫瓚の足元を飲み込んで、あっという間に血の汚れが部屋中に広がった。

  そしてその血に侵食されるように、石の床は金網に変じていた。


「な、何だと……!?」


 驚いている公孫瓚の足元で、がんっと嫌な音がした。


 公孫瓚は一瞬、体が宙に浮いたように感じた。

 だが、体はすぐさま重力に従って落下を始めた。

 足元の金網が、外れたのだ。


「うわあああ貴様あぁ!!!」


 袁紹の冷めた視線の先で、公孫瓚は深淵の闇に飲み込まれていった。


 公孫瓚の姿が見えなくなると、袁紹は思い出したように別れの言葉を口にした。


「さらばだ、宿敵よ。

 わしを救えぬおまえにもう用はない。

 地獄で悪魔の胃袋にでも引きこもっておれ!」


 それだけ言うと、袁紹は胸の傷を押さえてその場に座り込んだ。


(痛い……これは、かなりかかるな……)


 袁紹は唇の血を拭いながら思った。

 自分はもう死んでいるから、どんな傷を負っても死ぬことはない。

 ただ、生前と同じ苦しみだけは残っている。


(ああ、そうか……生きていれば、これほど苦しむ前に死ねるのだな)


 死人である自分は、苦しみを味わいながら傷が治るのを待つしかない。

 死ぬことはなくても刺されるべきではなかったと、袁紹は後悔した。



 気がつくと、頭から角を生やした小さな鬼が側に来ていた。

 小鬼は袁紹の顔を見上げて、驚いたように言った。


「いやあ、見事に落としてくれたなあ。

 旦那さん、なかなかやるねえ」


 袁紹は、答えなかった。


 袁紹が黙っていると、小鬼はおどけたように続ける。


「あんた、表の旦那さんやろ?

 裏ならともかく、表の旦那さんができるなんて……意外やったなあ」


 そう、自分はあくまで自分の表層にすぎない。

 心の奥の感情は……裏の自分は、今も自分の背後から自分を見ている。


 袁紹の後ろで、少年が笑みを浮かべてつぶやいた。


「当然だよ、この人とぼくは元々一人なんだもの。

 それに、あんな奴は……地獄に落ちて当然、だろう?」


 途中から、声が大人のように低くなった。

 少年はいつの間にか、袁紹とそっくりの姿になっていた。

 袁紹は背後にたたずむもう一人の自分に目をやり、ふっとため息をついた。


  これは自分が壊れないために切り離してしまった自分。

  少しでも楽になるために、心の深淵に閉じ込めてしまった自分。

  心の底で、いつも苦痛にまみれていてくれた自分。


 もう一人の袁紹は、体中血に濡れた姿をしていた。

 彼は表の自分に向かって、言い聞かせるように告げた。


「まあ、あやつの事はもう気にするな。

 やり方が分かったなら、次を試さねば」


  そう、次は救ってもらえる事を祈って。


「そうだな、いずれにせよこの魂は直さねばならぬ」


 袁紹は振り返り、うなずいた。


  魂が完全な形でないと、人は冥界に行けない。

  袁紹の割れてしまった魂では、冥界への道が見えない。

  だから誰かが自分の全てを許して……抱きしめてくれないと……。


 救ってくれる誰かを探して、袁紹は易京楼を後にした。

 見事にバッドエンドです、はい。

 公孫瓚はもともと袁紹と仲が悪かったせいか、見つけるヒントをことごとく「袁紹が悪い」という方向に曲解してしまいました。いくら力が強くボス敵を倒せても、謎解きができなければグッドエンドにはいけません。公孫瓚が袁紹のことを上辺しか知らなかったのも、一因でしょう。


 次は袁紹のことをよく知っている人物、息子の袁譚エンタンが登場します。袁紹の悪夢もこの回よりずっと明らかになりますので、ご期待ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ