不老不死チート
かつて、覇権を握った王がこぞって求めた物がある。
老いない身体。尽きない命。人の人生は何かを成すには余りにも短いとはよくいったものだ。
彼等はみな、目的の半ばで命の灯火が潰えてしまう。だからこそ、誰もが願ってやまない願い。
"不老不死"
ありえないそんな力を、不意なことから手に入れてしまった一人の人間が居た。
どこにでもいる20台前半の若い女性。
顔立ちは可愛らしくはあるものの、街行く中で時折見つける美人に敵う事もなく、ともすれば埋もれてしまうような一般的な容姿だった。
短大を卒業し仕事に就けば自分の時間はどんどん短くなり、毎日をどうにか乗り切るという連続。
そんな彼女が今日も残業をこなして家路につく中、一匹の猫が足を怪我して蹲っているのを見つけた。
元から猫好きでもあった彼女は可愛そうに思い、その猫を腕に抱きかかえ近くにあった動物病院で見てもらうことにした。
診断の結果は骨折しているものの、綺麗に折れているから後遺症もなくなおるだろうというもの。
彼女は安心してその猫を自分の家に引き取り、買ってきた餌を与えて床に就くと不思議な夢を見た。
「どうも、こんばんは。猫を助けていただいてありがとうございます」
靄がかかったような視界に言葉では形容できない何かが立っていた。
「あれは私の依代でもあったのです。貴女のおかげで怪我もよくなるでしょう。私は貴女の世界で神と呼ばれる存在です。貴女のような存在はこの世界に必要です、どうでしょうか私の力で貴女を決して老いない、死なない身体にして差し上げることもできるのですが」
夢の中という現実感のなさと、老いないという女性にとっては夢の集大成といえる願いに彼女が頷くのは無理もなかった。
それを見た神様は満足げに頷くと不思議な呪文を唱える。
「これで貴女の在り方は変容することもなく、どんな傷でも病でもたちどころに治る奇跡の力を得ました」
夢はそれで終わってしまって、けれど彼女は確かに不老不死の力を得た。
5年経っても10年経っても彼女の容姿は何一つとして変わらない。
あぁ、なんて素晴らしいことだろうかと彼女は歓喜した。しかし、変わらない容姿というのは周囲の目を引いてしまう。
20歳の女性が30歳になっても容姿が変わらないというのであれば、まだ誤魔化しようがある。
しかし20年、30年経っても容姿が変わらない彼女は完全に化け物だ。周りの彼女見る目が恐怖に彩られるまでの時間は短かった。
職場での居場所を失った彼女に、ある日TV番組のスタッフが尋ねてきた。
「何十年も容姿が変わらない女性が居ると聞いたんです」
女性は自分が芸能人になれるのではないかと舞い上がり、不老不死の力の事を話した。
TV番組のスタッフは面白がってそれを聞き、実際に一瞬で傷が治るところも見ることでこれは売れると思った。
女性は奇跡の人として大ブレイクし、一躍時の人にさえなったのだ。
とはいえ、彼女ができることは容姿が変わらないことと傷がすぐに治ること。
凄いと思いはしても、視聴者が面白いと思う要素はあまりない。
大ブレイクは一瞬の物で、10年も経てば相手もされず、存在さえ忘れられた存在に成り果てた。
そんな彼女を放っておかなかったのは柄の悪い外国のマフィアだった。
彼等は彼女を攫うとアジトの中で臓器を取り出し販売しだした。
彼女は死なない。どんな傷もたちどころに治る。それは失った臓器さえも即座に再生したのだ。
単純に腹を切開しても臓器を取る前に傷が塞がってしまうから、大昔の処刑に使われた断頭台でもって首をはねられた。
すると、どうやら首が本体のようで数十秒ほどでにょきりと、元の身体が生えてくるのだ。
マフィア達は喜び勇んで彼女の首をはね続け、その度狂気染みた悲鳴が口からこぼれた。
不老不死になって傷が回復しても、痛みがなくなるわけじゃない。痛みは人の中で大切な間隔でもあるのだから。
普通の人ならとっくに正気を失っている、無限に続く処刑にも、彼女は意識を失うことすら許されなかった。
彼女は在り方を変容することが許されていない。精神が壊れることは彼女の在り方が変容してしまうから不老不死の能力によって阻まれる。
かといって気を失おうとも、失っていた時間を意識することもできないほど短い時間で"治る"。
まして麻酔など、彼女に効くはずがないし、何度も惨殺しても生えてくるのだから扱いは家畜以下だ。麻酔など使われるはずもない。
そうして4世紀近い時間彼女は首をはねられ続けた。
彼女が解放されたのは、無限の臓器を生み出す彼女を巡って世界で戦争が起こり、核によって全ての人類が滅びてからだった。
誰も居ない荒地に彼女は一人だけ生きていた。世界という世界を歩き回ったが生存者はどこにも見つからない。
空は分厚い雲で覆われ、町は灰によって埋もれていった。一人ぼっちの世界で彼女は死ぬことも我を失うことも許されない。
それから数億年の時間が過ぎても、彼女はひとりぼっちだった。
何度も自殺しようとしては蘇り、その度に苦痛が生まれ、失敗する。
地面の砂を1粒ずつ数える遊びも、京の単位を越えたところでやめた。どうしてそれほど熱中できたのか、後になっても分からない。
何もする事はないが腹は減る。何も食べなくても不老不死によって生きていけるが耐え難いほどの空腹は絶え間なく襲ってくる。
いいかげん慣れそうな物だが、在り方が変容しない不老不死の能力はそれさえ阻んでいた。
何もない生活がさらに十億年ほど続いて、いよいよ肥大化した太陽が地球に迫ってきた。
地表の温度は既に300度近くにまで膨れ上がり、彼女の肌を容赦なく炙っては焼け付く痛みが脳を駆け巡り全身を掻き毟るとただれた皮膚がべりべりと剥がれて爪の間にへばりつく。
そんな事をしても痛みがなくなるはずもなく、傷がすぐに治り再び焼け爛れるのをもう何度繰り返したかさえわからない。
日に日に地表の温度が上がり、ついには太陽が地球を彼女ごと飲み込んだ。
後に待っていたのは地球にいたころの痛みが蚊に刺されたと表現してもまだ小さいほどの痛みの塊だった。
身体の全ての神経に焼けた針でぐちゃぐちゃに掻き混ぜられるような神経が溶け落ちるような痛みとは呼べない何かが延々と、そのまま太陽が爆発するまで続いた。
かといって彼女が解放されたわけではない。投げ出された宇宙空間は極低温に加え息が全くできない。
首を絞められて苦しんでいる感覚が延々と続き身動きさえ取れない。
時々飛んでくる小惑星に身体を引きちぎられては再生を繰り返した。
そんな彼女の前で待ち構えているのは星さえも見えない虚無の空間だ。
……この世界に神様が居るとするなら、きっとそれは甘言によって人を惑わす悪魔とそう違わない。
不老不死ってよくよく考えるとこうなるよね……?